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知恵を見た?

このブログは、私の「メモ帳」みたいなところもあります。だから、あとで自分のブログを読み返して忘れていたことを思い出したりすることもあります。で、今・・TVを見てまして、ちょっとメモしておきたいことがあって書いています。

それは、「金のA様×B様」という番組でとりあげられていた話です。(おすぎさん・ぴーこさんが出ているやつ。)

そのなかで、ニュージーランドで成功した日本人の話を取り上げています。取り上げたいのは、「スランプを切り抜けた考え方」です。

そのかたは、ニュージーランドで初めて温泉旅館を経営された女の方です。で、その温泉旅館なんですが、従業員がきちんと仕事をしてくれないことに悩んでいました。

1.従業員に厳しくしてもダメ
2.自ら先頭にたって働き、従業員にやさしくしてもダメ

でした。

実際、店のコックが食材を家に持ち帰ったり、宿泊マネージャーが自分の友人をタダで宿泊させたり、中には庭でマリファナを栽培して捕まる従業員がでる始末で・・どうしたらいいのかお手上げの状態でした。

そんなことを「マネージャー」に相談すると、思いもよらない言葉が返ってきました。
「あら、そんなの簡単よ。あなたは週5日遊んでください。


結果、従業員たちがきちんと働いてくれるようになりました。


★さて、これを読んで不思議な気持ちになるかもしれません。論理的に考える人は特に。

一応、分析を書いときます。

・社長に対して「いいイメージ」をもってもらえた。人生を楽しんでいるリーダ-、余裕のあるリーダー・・といった具合に。

・自ら先頭にたってやっていたとき、実は「私はこんなに頑張っているんだから」、あなたがたも頑張りなさいという「押し付けの気持ち」が反発を生んだ。

・週2回だけ社長が顔を出すことで、社長のいないときには「責任感」を、社長が来るときには「適度な緊張感」をといったいいメリハリがつくようになった。

(管理人)少なくても週5日遊ぶようにすることで、社長の「心境」が変わったことだけは確かです。従業員に全くの自由裁量を与えることで、そして信頼を与えることで、従業員自身が「仕事の楽しさ・やりがい」を知ったというのも確かでしょう。

因みに「信頼」「一体感」ということばを以前取り上げたことがあります。私の勝手な理論ですが、「すべてが一つ」という概念をちょっと具体化したのが、これらの言葉です。

さらに「信頼感」「一体感」を生み出すような「さらに具体的なこと」もいろいろ考えることができます。「お互い信頼しあえる関係をつくるのに、何かできるだろうか?何か楽しい工夫ができないだろうか?」です。

因みに「7つの習慣」を書いたコビーさんの著書の中に次のようなものがあります。

信頼は人間にとって究極の動機づけである。それは、その人の最善の姿を引き出すものである。

ただ、彼の場合次のように続けています。

・・しかし、それには忍耐と時間が必要だ。そして、人は、その信頼に答えられるレベルまで能力を引き上げる訓練が必要となることもある。

⇒「7つの習慣」・・難しく分厚い本なので読むのも大変であり、個人的には「一人さん」の本のほうをススメたいですが、まあ、こういう感じが好きな人には、それなりにオススメです。

(抜粋)インサイドアウトとは自分の内面を変えることから始めるということであり、自分自身の根本的な考え方、人格、動機などを変えることから始めるという意味である。

アウトサイドインのやりかたの結果として私が見てきたのは、被害者意識に悩み、自由を束縛された不幸な人々であり、自分がうまくいかない状況の責任を周りの人や環境のせいにする人々であった。(抜粋終)

他にも、物事に対する見方を変えることなどが書かれていますが、この本の素晴らしいところは、「バランス」の大切さについても記述されている点です。

イソップ物語の「黄金の卵の物語」を引き合いに出し、「効果性」(=たとえば企業収益)を達成するには「単に論理的な見方を持つ」だけではなく「バランスこそが鍵である」ことを強調しています。

リンクを作って気づいたんですが、今年(2005年)「第8の習慣」という本を出しているようです。⇒「第8の習慣」~「効果」から「偉大」へ
・・今日の世界における究極の課題は、「自分のボイス(内面の声)を発見すること、そして自分以外の人もボイスを発見できるよう奮起させる」こと。これが、コヴィー博士がいう「第8の習慣」です。

★個人的にちょっと読んで見たいとおもったのは、7つの習慣の考え方を小学校の教育授業に生かしたという話です。
⇒「7つの習慣 小学校実践記」
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  1. 2005/10/20(木) 20:58:34|
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小さな変化から・・・犯罪を防ぐ方法

「新しい見方は刺激的でも画期的でもない。小さな変化から大きな変化が起こるのだ」ということで取り上げた話から再度新たに取り上げてみたいと思った話です。

いわゆる町の治安(犯罪防止)の話です。これについては、いろいろな自治体で工夫をしたり、偶然(?)うまくいったという例が報告されています。たとえば、街灯の本数を増やすとかです。どっかの国では、別の目的で街灯を青色にかえたところ「犯罪発生率が急減した」といいます。

犯罪発生率の低下ということでいうと、今では有名になった「ニューヨーク」です。ニューヨークは従来と全く違った発想から犯罪防止に取り組んだのです。このような考え方から私達が学べることが沢山あるのではないかと思います。(政治家も、少しは学べ!笑)

・・かつて日本は、世界で一番安全な国といわれてきた。ところが警察庁のまとめによれば、犯罪発生件数はここ10年で約2倍の285万件になり、一方検挙率は3分の1の20%に低下、治安が悪化する一方ともいえる。

その日本でも、近年犯罪発生件数が急激に減少しているのが札幌である。中心部の巨大歓楽街、すすきの地区は犯罪の温床といわれていたが、2000年を境に急激に犯罪が減少しているという。実は、すすきの地区を管轄する札幌中央警察署ではニューヨークで用いられた犯罪抑制対策を導入したという。そのニューヨークの犯罪対策とは、一体どのようなものなのだろうか?

1980年代初期、犯罪が増え続けていたニューヨークでは、特に凶悪犯罪の取り締まりに力を入れていた。しかし、警察の捜査は追いつかず、当時の地下鉄でも凶悪犯罪が多発し、利用者数は過去最低にまで落ち込んでいた。

地下鉄を管理するニューヨーク市交通局では、パトロールや警備強化による対策をとっていたが、なかなか治安が回復することはなかった。そこで1984年、交通局のデビッド・ガン局長は地下鉄の治安回復を目指して、ケリング教授のアドバイスのもと、150万ドルの費用を投じて、治安回復プロジェクトを発足させた。

そして教授はなんと巨額の費用を投じてまず「○○○○○」と発表したのである。「○○○○○」という驚くべき提案に対して、交通局の職員たちは、まずは犯罪を取り締まるべきだと猛反発したのだった。

⇒続きはコチラ)特命リサーチ200xより「ニューヨークで行われた驚異の犯罪撲滅プロジェクトを追え!」
  1. 2005/10/06(木) 18:13:16|
  2. 小さな変化から|
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新しい見方は「画期的」でも「刺激的」でもない

新しい見方で物事を見る・・ということを話していますが、これは決して「画期的」でも「刺激的」でもありません。(しかし強力ではあります。)

だから、「期待してたけどがっかりだよ」という反応があります。・・しかし(私から言わせれば)

がっかりだよ、期待はずれだよ・・という言葉が出てくる源に「ダメな原因」があるということになります。

・・道端に美しい花が咲いている・・ことにあるとき気づき、「こんなに美しい花だったんだ」ということに驚くことがあります。花はあなたが気づく前から、ただそこに美しく咲いていただけです。花が美しくなかったから気づけなかったのでなく、美しかったのにもかかわらず、ただ気づくことがなかっただけです。

「気づき」ということでいうと「現代社会」ほど、意識的に気づくことが必要な時代はありません。・・もちろん、いつも言う「資本主義」の考え方が根本にあります。

たとえば、TVです。TVのタレントは、面白いことや注目を引く言動、何かの過激な告白・・このようなことで視聴率をあげ、そして(経済的な意味で)価値があるとされています。・・しかし、はっきりいって「商売で利益を上げるという目的には適うとしても」、もっと大きな社会の問題を解決するということには、ほとんど役に立たない発想が背後にあります。

だから最近も「0点マスコミ」(笑)と呼ばしてもらっています。

そこには「いくつかの概念」・・つまり、「思い込み」や「(早急に結果を求めるといったような)過剰な期待」というのもあります。

具体的に話していきましょう。

「あなたは男の浮気を許せますか?」こんなのがあります。そこには「男の生理」とかいろいろ原因らしきものがあるでしょうが、もとの発想については触れられることがありません。

そもそも、浮気であれなんであれ、(何の脈略もなく、自分とは関係なく)偶然、そして、勝手にされるものだという認識があります。・・・「浮気される原因がない人は、浮気をされることはなく、それでも浮気されるとしたら、ただ単に浮気されるという出来事を通して自分が学ぶチャンスを与えているだけある」のです。

どっちが悪いのか?・・というよくある「裁きや判断の心」があるときに「学ぶ」ことができなくなります。(たとえ、事実であっても)「悪いのは浮気するほうだ」とすべて相手のせい にした時、あなたは「学ぶ機会を失った」のです。(もちろん、学ぶチャンスは何回もあるようなので、同じことは将来起こることがあります。現象としては、浮気される人は本人が気づくまでとことん浮気されることになります。相手を変えても同じことです。だから、若いうちに異性と付き合う人数が増えている日本で、「男は浮気する動物だ」(笑)という女性が多数わきでてきても不思議ではありません。)

★「期待の海」で溺れるな!

ここからは「がっかりするような話」です。期待というのは、いろいろな形があります。資本主義の中で「利益を上げていかなければならない」というのも期待です。また、「問題を解決しようとする」のも期待です。しかもこの場合は、短期間に目覚しい形で解決してほしいという期待です。

問題を解決しようとすることが悪い・・という意味ではありません。ただ、溺れてはいけないということです。溺れてはいけないとは(回りや他人の反応とは別に)「いろんな意味で余裕を持て!」ということです。

昨日だったか、TVで教師50人が集まって、なんやかんややっているのを見ました。まあ、相変わらず「0点マスコミ」(笑)の取り上げ方がされた番組でした。たとえば、体罰に賛成ですか?・・みたいな、議論にはなるけど、役に立たない質問を出していました。もちろん、「不登校」「学級崩壊」などが伝えられるように、教育現場は想像以上に荒廃(?)しているのは番組を通してわかりました。

「いろいろ言っているようだけど、じゃあ、あんたに解決策はあるのか?」

コレに対しては、皆さんをがっかりさせる発言を言わなければなりません。それはこうだからです。・・頭で考えてすぐわかるような「解決策などというものはない」からです。

何か画期的な解決策というようなものがあって、それをやれば問題が即座に解決するのでは?・・という発想は「過剰な期待」なのです。(注意:安心させるために「(見かけの)解決策」を提示するということはあります。)

「相手をなんとかしなければ」というのは「ある意味、そう思う人の思い上がり」といえます。それは簡単な理屈であり、「なんとかしなければならないのは本人だから」です。そう考えると、少しは、過剰な期待を離れることもでき、「なんとかしなければ」という余計なプレッシャーからも解放されます。

そうすると「何が残るのか」・・それは「自分のペースで、今何ができるのか?何か工夫はできないのか?」という発想です。(自分に何ができるのかを考えそれを実行することが愛であるという人もいます。できることは「ただ抱きしめてやり、そばにいてあげることだけ」ということもあります。)

・・よく見てほしいのですが、これ(愛)には「過剰な期待」がありません。

TVに登場していた先生方も(発言だけを見るなら)、0点マスコミにうまく「乗せられた」という意味で「0点」(笑)です。

因みに、番組の中で、私は「道端に咲く花を見つけることができました。」

・・それは、おそらく「実行した当人たちもそれほど期待してなかったけれど、まずはやってみよう」ということだったのでしょう。(←こういうのが本当は素晴らしいんです。)

「授業開始のチャイムを福山雅治のHELLOという曲に変えたら生徒たちが早く席に着くようになった」とか、「生徒のイスや机の脚にテニスボールをつけることで、音がしなくなり生徒の集中力が高まった」という実例をあげていました。

このような、一見効果がなさそうな小さな変化(←ここがポイント)を起こすことから、つまり、すぐに実行できる小さなことから「ちょっと変えていく」ことで、大きな変化がおこります。(当然ですが、それで問題がすべて解決するということもありません。)
⇒参考)特命リサーチ200xより「ニューヨークで行われた驚異の犯罪撲滅プロジェクトを追え!」

期待の海で溺れて動けない、・・また、あれやこれや考えすぎて過剰に期待した方法をやっと実行し、その結果に失望する・・のではなく、余裕を持って、できる工夫をしていき、効果が出たら喜ぶ・・というほうが「楽であり、楽しくはないでしょうか?」

因みに「病気が治ってほしい」というのも(気持ちはわかりますが)過剰な期待です。直るときには期待しなくても「病気はちゃんと直ってくれます。」

新しい考え方に、(もう経験を通して気づいている人たちもいますが)、「病気と共に生きる」という考え方があります。とくに難病にかかった人で、「直そう、病気と闘おう」というのをやめた人がいます。病気と闘うという心境が、心の余裕、人生の楽しみや美しさ、他人への感謝、笑いやユーモアの気持ちを忘れさせることにつながるからです。

そして、皮肉なことに、不治の病から奇跡的に回復した人のなかで「何が何でも病気と戦って治してやる」と息巻いている人が少なかったという事実があることを以前ここで取り上げました。

「余裕を持って生きる」「結果を早急に求めすぎない」・・こんな感じで行きたいものです。






  1. 2005/09/29(木) 00:08:45|
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