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体験する自分&選択する自分

ニシヤンの精神観念論の続きです。一度、手をつけたからには、とりあえずというところまで話してみます。

たとえば、「世の中に偶然はない」ということを前回とりあげましたが、これを「運命決定論」のように捉えてしまう場合があるので、その解説もしておきたいと思ったからです。

まず、「自分が選択する」という言葉の「自分」についてです。
本来、一つなんですが、理解が進まず、チンプンカンプンなんで、ちょっと分けて考えていきます。

大きく分けると
A体験する自分
B選択する自分


となります。

体験する自分については「かなり分かりやすい」のではないかと思います。体験する自分は「今を充分に生きる」のが役目です。

過去を後悔したり、未来を不安に思ったり、取越し苦労するのではなく「意識を今という瞬間にあわせる」という意味です。特に、肯定的な見方としては「今という瞬間を楽しむ境地」ということがいえるかもしれません。

簡単なようですが、訓練が必要な場合もありえます。特に、なんでもいいですが、「何かに集中する訓練、好きなことに自分を忘れて取り組む訓練」が役に立つとおもいます。(←大人になってからでも遅くはないですが、子供のころに身につけておくのが望ましいとおもいます。)あるいは、夢中になれるものを見つけるのがコツといえるかもしれません。

あと「体験する自分」にも「選択する自分」に近い事柄があります。それは、自分の体験に肯定的な意味を与えることです。

次に「選択する自分」です。こっちはちょっと厄介かもしれません。まず自分といっても、表面意識や潜在意識、無意識なんていうのがあるからです。

無意識に含まれるかもしれませんが、まず、生まれてくる前に、自分が生まれてくる親や環境を決めてきた自分がいます。(←これは信じられないという人も多いでしょう。)この自分は、エネルギーとか象徴とかといった「具体性がない形での」選択をします。

そのエネルギーを受けて「表面意識と潜在意識」が協力して具体的な体験を選択します。
もとのエネルギーがカナリはっきりしている人も中にはいます。
スポーツや音楽の分野に進む人がそうです。たとえば、野球の松井秀樹選手は、小学生のとき柔道にうちこみ、県大会3位にはいるなど、オリンピックも夢ではない小学生だったといいます。しかし、どうしても野球がやりたくて、野球に転向したといいます。

話はもどって、意識について、まずちょっと、それぞれの担当について大まかに説明します。


無意識=大きな視点で、成長やバランスを担当
潜在意識=観念担当
表面意識=感情や思考担当


表面意識については、誰でもわかるとおもいます。当然(?)、ほとんどの人は、自分の感情については感じることができます。


観念というのは、実際の現実で具体的にどんな現実を体験するかを決める元になるものです。観念というか潜在意識の特徴として、実際の出来事と頭のなかで想像しただけのことの区別ができないという特徴があるそうです。ここで、押さえて置きたいことがあります。それは、

観念から出てくるものを運命のように捉えてしまっている人がいるんですが、観念は変えていくことが理論的にはできるということです。ただし、ちょっと時間が掛かるということはいえるので、「プチ運命」(笑)としておくことにします。

観念を変えるのに、役に立ってくれる味方が思考です。
そして、観念に気づかせてくれるのが感情です。


「どのような観念を持っていれば、このような感情を感じるか?」を考えます。ただし、誰が悪いとか、相手が悪いという思考では意味がありません。具体的には、たとえば、「相手を悪いと思う自分は、どんな観念をもっていなければならないか?」と考えます。

人は誰でも観念をもっていますが、気づかないと、感情や思考が自分の否定的な観念を強めることがあります。よくあるのは、頭に来る→悪いのは相手→観念を強める→さらに頭に来ることが起こる・・という具合に悪循環に陥りやすいことです。

観念次第+表面意識での選択次第で「肯定的に出来事を体験するか、否定的に出来事を体験するか」が決まります。

いや、すべての出来事に肯定的な意味がある、ということを理解しているなら、表面意識の段階でも充分に肯定的なほうに変えることができます。

理論上、「楽観的に物事を捉える人」は肯定的に体験していきますが、それでもあるテーマでの観念が否定的であることもありえるので、場合によっては「何で自分にこんなことが起こるの?・・」という思いに駆られる状況になることはありえます。

とはいっても、自分がどんな観念をもっているか?について全て知る必要はありません。過去のトラウマ(心の傷)的なものは、できるなら対処したほうがいいとはいえます。ですが、必要に応じて、内側のものが外側の世界に反映されて出てくるので、そのときに気がついても遅くはないという考えもあります。

斉藤一人さんは、「人が本当に困ったときが、その人が、そのことについて学ぶときなんだ。困っているんではなく、学んでいるんだ。学ぶことって悪いことでもないんです。」というようなことをいっています。

さて、仏教で「カルマの法則」というのがあります。
例えば、前世である人を虐待したから、今生では虐待される側になる体験を作り出すというのがカルマの説明の一つです。でも、これは特定の形で現実を体験するしかないという「自分の観念」が作り出している可能性があります。ほんとうは、そこまで具体的になっているわけではないので、もっと違ったかたちでバランスを取ることができます。


カルマという話では、(私も含め)多くの人は「お金に対するカルマ」をもっていると思います。具体的には「お金について、否定的な見方をしている」ということです。観念によって「肯定的に学ぶのか?否定的に学ぶのか?」分かれていくと思います。

お金に困る体験(苦労や苦しみ)から学ぶのか?
お金に感謝する体験(喜びや楽しみ)から学ぶのか? です。

お金に苦労している人も「否定的ではあるけれども、お金について学んでいるだけなんだ」ということです。(←客観的に書いていますが、お金については、私自身、かなり否定的な観念をもっているようで、それを変えつつ学んでいる最中ということになります。)

さて、無意識が選ぶテーマ、すなわち、エネルギーとして、よくある(?)のが「再生」です。再生は「死して生き返る」ということです。


これを「自分が命をなくすことだ」みたいな「ガチガチな観念」を持っていると、交通事故みたいな不幸を呼び寄せる場合があります。大抵は「自分の考え方を新たにする、精神的な意味で、今までの自分が死んで新しい自分が生まれる」ということなんですが、実際にはいろいろあります。

9死に1生を得た人の人生観、考え方がガラッと変わるのはよく目にするところです。その体験があったから自分が変わることができたという場合が多いのです。

さて観念と関係あることがらに「象徴」があります。これについては、改めて話をするとします。

象徴もエネルギーです。物理的には、象徴自体がエネルギーを持っているというより、たとえば、象徴と自分との間でエネルギーが流れるということです。(自分から見ると、エネルギーを受け取ることだともいえます。)

象徴もいろいろ段階があり、個人差もあります。誰でも使えるものとしては、「全て一つ」すなわち「完全性の象徴」というのがあります。完全性の象徴の代表は円とか球です。

人類の歴史をみると、様々な絵画、身につける宝石、また、マンダラなど、円(や球)をモチーフにしたものが数多くみられます。そういう象徴を「目で見るのも一つの方法」ですが、どうせならイメージで考えるという手もあります。

たとえば、大きな光の玉が自分を取り囲むといったイメージをオススメしておきます。光に色を付けたければ、色をつけて遊んでみてください。

精神的にリラックスする方法と考えるといいでしょう。
精神的にリラックスできれば、ストレス解消につながり、健康にもいいということがいえます。




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  1. 2004/12/07(火) 03:46:47|
  2. 精神観念論その4|
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→一人さんの「今日の言葉」
→日本一語録?

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