『与えてこそ手に入るもの』

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----------------------------アフィリエイトサイト管理人の「発想の転換」日記~「楽しい精神観念論」

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自分にたいして

以前、全ての状況・出来事を肯定的にとらえよう、他人に対しても「肯定的なレッテルを貼ろう」というようなことを話しました。

一人さんも、「肯定的に考えようや!人に対しても愛のある、思いやりのある言葉を話していこうや!」ということなんですが、

このような考え方を「いいもの」と思った場合、よくあるパターンというのが、そのようにできない自分を責めてしまうことなんです。

これは、そのような自分に否定的なレッテルを貼っていることになります。他人ではなく、自分を裁いているわけです。

肯定的に考えようとすれば、見方が変わっていくのは確かですが、たとえば、私の場合でも、職場などで、結構、頭にくることがあります(笑)。(ただし、考え方を変え始めると、頭にくるような状況自体が少なくなるということはいえます。)

こんな時は、ちょっと、照れくさいことばでいうなら、頭にきてる自分を、ありのままの自分を、そのままで愛するんです。(・・自分を責めることで成長できるわけではありません。自分の否定的といえる部分も認めることで成長することができます。)



一人さんの弟子のエミチャン(柴村恵美子さん)は、人のいいところを探して褒めるということを実践してましたが、どうしても許せないような人(笑)と出会いました。

「どうしても許せない!」ってなるんだけど、あとで、「なんて私は広い心を持てないんだろう」って自分を責め、苦しくなったんです。

さて、一人さんは、やはり(?)次のように答えました。

「人を許せないのは、その人が許せない人間だからだよ。あのね、許そうとしても許せない心は(その時点では)どうにもならないの。だから許す必要はないんだ。」

これを聞いて、エミチャンは、
・・私は、どんな人でも許せる人間にならないといけないって、その時は思っていたから、一人さんのこの言葉にビックリ仰天。
いつものごとく、エェー?何でよ!ってなってしまいました。

一人さんの言葉に、納得できなくて、いろいろやってみても会うたびにケンカばかりの繰り返し・・。そしてまた、自分を責める。見かねた一人さんは、こういいました。

「相手を許すまえに、自分を許してあげるんだ。許せない自分をしみじみ許してあげるんだ。だって、世の中、一人や二人、許せないヤツっているもんなんだ。エミチャンは何人の人を許せないの?ひとりでしょ?エミチャンは何千人とかって人にあって、ひとりというのは確率的に立派じゃないか。」

エミチャンは、でも、つっかかっていきました。
「でも、一人さんみたく心の大きな人間になりたいんです。」

そしたら、一人さんはニッコリ笑ってこういいました。
「俺ね、ちょっと前までは、すごく人間ができてきたかな、って思ってたの。でも、それは、違ってたんだ。イヤなヤツが、俺の目の前に出てこなかっただけなの。出てこないもんだから、俺も温和になって、人間できてきたなあって思ってたんだけど、最近、『テメー、ふざけるな!(笑)』ってヤツが出てきたの。人間なんてできてないの。

隣人を愛せよ、っていうけど、お互い波長があわないんだったら会わないといいんだよ。新幹線にまともにぶつかっていったら、こっちが死んじゃうよ。だけど、2,3mぐらい避ければ、風が吹くくらいで済むじゃないか。

⇒斎藤一人の不思議な魅力論(エミチャン 著)



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  1. 2004/11/28(日) 03:39:16|
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子育て

今日は、子育てについて昨日買った一人さん本を引用したいと思います。

天気予報をみてると「低気圧前線」がやってきてということを耳にすることがあるとおもいますが、心の世界でも低気圧前線みたいなものがくることがあります。

そういうものとは無関係な心の持ち方であればいいのですが、中には、そういうのに同調してしまう場合があります。つまり、普段より「大きな結果」(=社会事件)として出ることがあります。

「同じような事件」(航空機事故・陰惨な事件等)が続けておこるなあ・・というのを感じたことがあるとおもいますが、そういうようなメカニズムがあります。

昨日買った本(の1冊)は「斉藤一人 魔法のお悩み解決法」という本で、普段の日常よくある悩みや問題についての一人さんのアドバイスを著者の小俣さん(女性)が、どう受け取りどう実践しているかを書いた本です。

特に、小俣さんのお子さんの悩みに対し、一人さんはどんな回答をしているかは、とても勉強になるのではないかと思います。

基本的な考え方は
「杉の子は小さくても完璧に杉なんだ。人も同じこと。子供はどんなに小さくても完璧にその人なんだよ」ということです。

小俣さんの息子さん(貫太くん)が、小学校1年生のとき、他の家族とレストランで食事のとき、他の子は「トンカツにしようかな?」「ハンバーグ食べたい」とか言うのに対し、貫太くんは何もいわず黙っていたんです。本人にきいたらこういったといいます。

「ぼくは何でもいい。お母さんが決めて。」

小俣さんは次のように思ったといいます。
・・私はハッとしました。私はそれまで、息子をおとなしい子供だとおもいこんでいたんです。ところが、息子の一言を聞いて、息子が異様な姿をしていることに気づいたんです。

・・それは、固まったように無表情で、自分の感情もなく意見もない。そして、人にいわれるままぎこちなく動くまるでロボットのような子供の姿でした。

・・私が、ハッとしたのは父が自分にしたことを、今度は自分が息子にしていたということにも気づいたからです。まず、何をするにも怒るほうが先になっていたんです。怒れば子供が伸びると勝手に思い込んでいたんです。とにかく、先走って叱るんです。「これやっちゃダメ!」「アレやっちゃダメ!」、そして貫太が何かやると、「そんなことしちゃだめでしょ!」と叱っていたんです。

・・そして、「ハンカチ持った?」「忘れ物ない?」と常に先回りしていたんです。

・・私は、自分のしたことが恐ろしくなり、一人さんにアドバイスをもとめました。

(管理人)こんな感じで書かれている本です。因みに、小俣さんは息子が小学校1年生のときに気づいたということですから、すばらしいです。大抵は、もっとあとで、中学生ぐらいになって子供が暴力をふるいだすようになってやっと異変に気付きだすパターンが多いのです。

また、最近多いといわれる学校でのイジメのこともかいていました。もちろん、イジメということの中で、関係する人が学ぶわけですが、さすが、一人さんのアドバイスです。これは、イジメを直接なくそうというものではありませんが、結果的にはカナリの効果があると思います。

関係者に多いに学んでもらう(笑)方法です。(ただし、イジメを受けているほうにも学ぶことがあることに注意してください。)

一人さんいわく
「いいかい。イジメを解決したかったらできるだけ騒ぎを大きくするんだよ。親が、怒鳴り込む、裁判に訴える、警察に行く・・。とにかく揉め事を大きくする。ただ、悲しんでいたいならなにもしなきゃいい。でも、解決したいなら揉め事をおおきくすること。」

(管理人・注 自分の子供も、相手の子供も、回りの出来事、親の姿勢をみて学ぶべきことを学ぶことができます。場合によってはおおごとにすることで、相手にも学ぶチャンスを提供していることになります。もちろん、大事にするまでもなく解決できることもありますが、1対1ならともかく、1対多数というのがイジメの構造なんで、一人さんのいうような方法も心に留めておくといいとおもいます。)
 

さて、一人さんがいう親のすべきことは3つあるそうです。

1 子供を信じてあげること
2 自分で考える材料を与えてあげること
3 働くことは楽しいと教えてあげること


1について・・(一人さん)・・親が「子供をなんとかしなくちゃ」なんて思わなくていいんだ。子供はそんなことしなくても、ちゃんとした人格を持った人間なんだから、しっかり育っていく。こまっちゃん(小俣さんのこと)ができることは、こまっちゃんが変わること。こどもを信じてやれるように変わることなんだ。」

⇒斎藤一人...魔法のお悩み解決法(小俣和美 著)



  1. 2004/11/25(木) 17:38:40|
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ハウルの動く城

今日はメンズ曜日(入場券1000円)だったので「ハウルの動く城」を見てきました。

1回みただけでは「状況」が呑み込めませんでしたが、そこがまた、もう一回みたいと思わせるテクニックかなと思います。
(ナレーターによる解説を入れればわかりやすいんでしょうが、宮崎駿監督ジプリ作品は、この手の手法をとらないようです。)

解説なしのほうが、不思議観があっていいかなと思います。

声優にキムタクがでてましたが、あまり気になりませんでした。


全体の感じは「千と千尋~」を家族向きとするなら、今回は、ちょっと「カップル向き」の心温まるアニメでした。アニメとはいえ映像は、前作同様、すばらしかったです。また、見にいくでしょう(笑)。

あと、今日は本屋で斉藤一人さんのお弟子さん本を2冊買ってきました。(^・^) 

本を立ち読みすると、本当にハッっとさせられることが多いんで買ってしまうんです。

中に、ちょっとしたエピソード話があったんですが、たとえば、
一人さんは、観音様に願掛けするときに「過去形で言うといいよ」ということをいうそうです。

普通なら、たとえば「女優になれますように」ですよね?
斉藤流なら、過去形ですから「女優になれました」・・笑・・っていう願掛け(?)なんです。

お弟子さんたち(特に女性)はちょっと変な願掛けだと思いながらも(笑)「そういうもんなんかー」って感じで楽しみながら、観音様参り+自然満喫をたのしんでいるそうです。

でも、こういうちょっとしたことも「適当に言っているんじゃない」んです。 この話はまた、改めてということにします。

でも、理由を知らなくても、楽しんでやれて、もし効果がでたなら、それはそれでいいんですね。

因みに男性は、なぜ?かを考えてしまうから、願掛けの効果も小さいらしいです。

日記がまた、斉藤ワールドにちょっとなりそうです。(笑)
  1. 2004/11/25(木) 00:29:28|
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斉藤一人さんの本

斉藤一人さんに学ぼう というページを作って本を紹介しているんですが、検索などからいらして、多くの人に購入していただきありがとうございます。(訪問者数から考えると、物凄い比率で購入してくださっていると感じています。)

ページでは、かなり力を入れて紹介はしていますが、私は、斎藤さんに会ったこともなければ、話をしたこともないんです。(会ったこともないのに話せたら凄いですけどね。笑・・電話とかは可能か・・笑)

最近のCD本では「声」は聞かせてもらいました。また、ついでにいうと、一人さんの関係者(笑)にもあったことがないんです。

さて、精神世界というと、今の人は「江原啓介」さんなんでしょうが、そのような人はイロイロいまして、その中で「サネヤローマン」という外国の方の本の一節を抜粋して今日は紹介してみます。ただ、守護霊関係(?)とはちょっと違う関係の本のようです。(←よくわからないと思いますが・・)

たとえば、こんな感じです。

・・自分への尊敬は、自分自身を信じ、たとえ後でもっとよい方法を見つけるにしても、今は自分で一番よいと思うことをやっていると知っていることです。

それには、自分を非難せずに認め、ありのままの自分を良く思うことが必要です。いつも懸命に努力し、自分に何かを押し付け、それでいて、自分が何をしても充分でないと思う人がいます。

何かを成し遂げるために努力し、懸命に働くことは必ずしも「喜びの道」ではありません。


・・で、 なかに、一人さんについての、私の勝手な(笑)イメージが書いてました(笑)。

『親切で、優しく、あり余る愛を与えてくれる人々をみてください。本当に力のある人々は、とても謙虚です。

彼らは、他人に印象づけようとすることもなければ、影響を与えようともしません。彼らは、ただありのままの姿でいるだけです。

しかし、人々は磁石のように彼らに引き付けられます。彼らは、とても静かで、集中力があり、ほとんどいつも自分の中心的自己に気づいています。

彼らは外部の世界のあらゆることは、ただ単に自分の内部世界の象徴であることを知っています。

人々は彼らに触れただけで、元気を取り戻し、エネルギーを回復したように感じるのです。

彼らは、誰にも何事も確信させようとはしません。ただ、招いて贈り物を提供します。

彼らは聞きます。もし彼らが、自分が提供することがあれば、それを提供し、そうでなければ黙っています。』

なんとなくですが、こんな感じのイメージを、迷惑かもしれませんが、勝手に(笑)私は持っているんです。しかも、毎年、納税額トップ10にはいるような売り上げをあげている社長だというんだから、ある種のオドロキです。

山かなんかにこもっているんじゃなく、戦場と譬えられることも多いビジネスの場で実践できていることが素晴らしいとおもっているんです。(ただし、普通の社長ではなく、自然のなかに遊びによく出かける社長らしいです。笑)

今日の最後に・・

たとえ、人が深い言葉を話し、賢明なことを言っても、いっしょにいて、自分が、大きく広がるような感じがしなければ、本当の力を経験したのではありません。

(管理人 注)たとえば、考えの中にも「素晴らしい考え方」がいろいろあります。ですが、良い考え方のなかにも、(その時点での)自分に合わない考え方というのがあります。
だから、この日記を読んで、気分が悪くなるという人(笑)、納得できない人がいて当たり前ということになります。


考え方ではないですが、「都会の活気のある生活」と「田舎のノンビリした生活」ということでさらに話します。

どちらがいいとはいえないです。若者なら「田舎の生活」なんて退屈で死にそう(笑)と、思うことでしょう(?)。ですが、一ついえるのは、「都会の生活は、マイナス面も大きい」ということがいえます。スラム街、ホームレス・・これらは都会に産まれるんです。

もちろん、都会の中で「田舎にはない幸せ」を掴む人がいるのはもちろんです。個人の選択ですが、抽象的に次のようにまとめてみました。

「都会的」思考・・短期間で向上可能。無理がある分、反動も大きい。努力・自己完成の教え。脱落もあり。
「田舎的」思考・・短期的には時間がかかるようにみえる。無理がなく、自然である分、反動も小さい。努力を意識しない癒しの教え。物足りない可能性も。


  1. 2004/11/22(月) 17:09:06|
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精神観念論の最初のお話

この日記を書き始めていますが、自分の考えをまとめたり、この日記自体を掲載するホームページを新しく作ろうかなとおもっているところです。もともと、哲学的な内容のホームページを作りたいとは思ってはいたんです。

その出だし(?)だけをちょっと書いてみます。「ニシヤンの楽しい精神観念論」の精神観念論とは、「心とか、精神」といった内側の世界の方が主である、大切であるという考え方です。また、内側(心など)と外側の相関関係を考えるということでもあるんです。

一応、書いてみますと

A内側の世界・・自分の心、実際の経験・・主観
B外側の世界・・自分の外の世界、・・客観


話は飛びますが(笑)、たとえば、お金儲けをしたい人が「お金儲けの方法」を知るために、実際既にお金儲けを実現した人のことを知ろうとします。

世界的には、ロックフェラーとか、カーネギーとかがいますが、日本であれば、たとえば、松下幸之助さんなんかがいます。そういった人たちの本を読んでみると、「あれ?ちょっと変だぞ?」と思う(?)ことになります。

というのは、そういった人たちが書いている内容は、期待に反して(?)「精神論」だからです。ここで、方法論ではなく精神論が大切だと、分かればいいのですが、お金の場合、そういうものがなくてもお金持ちになってしまうことがあるので、ちょっとやっかいなんです。

では、次です。客観性の代表選手といえば「物理学」です。
物理学が発見してきた理論、法則は、いわゆる「近代文明」を押し進める役割をしてきました。

そして、そのなかで、客観性を保つため「証明」と「実証」ということが重んじられたんです。

個人でも、何かについて「証明されなければ信じない」といった発言をする場合があります。

さっきの話で「お金持ちになる方法がある」と考えたのと同じように、物理学者たちは、当初「客観というのは主観と交わることがない。まったく別のものだ。」と考えてきました。

ところが、客観の代表選手である物理学者は、戸惑うことになります。この戸惑いというか、ショックというのは、大きくいうと2回ほどありました。

いや、現在2回目のショックの最中(笑)かもしれません。

何が、ショックなのか?

専門家ではないので、きちんと理解しているわけではないですが、現代物理は「極大と極微の世界」も対象にしています。

特に、原子とか、素粒子といった「極微」の世界では、物理学者を困惑させることが起こっています。

極微の世界を扱う「量子力学」には「波動方程式」という数式があります。

この式から、それを技術に応用し、最先端の様々な製品ができています。

ところが、その波動方程式とやらは、一般大衆の常識を打ち破るようなことを同時に示してもいるんです。・・この方程式の解釈をめぐって、物理学者達の意見も分かれています。

この方程式が間違いだといえればいいのですが、それが、正しいことはイロイロな実験結果からも明らかで、しかも、技術的に今のハイテク社会の基礎になっているんです。

もともと、科学者というのは西欧人が多いわけですが、その方程式から導かれる結果が「東洋の仏教の思想と酷似している」ことを指摘しています。

・・科学の最先端理論が東洋神秘思想へと接近しつつある。
私はこうした量子力学の発展に恐怖を抱いている。
(ジョン・テイラー・・量子力学の世界的権威・ロンドン大学教授・・BBCのインタビューにて)

20世紀量子力学の巨人N・ポーアがその自らの量子論と、中国思想の陰陽理論の類似性に驚き、後に道教の陰陽のシンボルマークを家紋にしたという有名な話もあります。

実際の技術では、たとえば、立体の物体像をつくるホログラフィーというのがあります。どの一部でも、その全体の情報を中に持っている・・過去・現在・未来の全ての情報が『今ここ』にあるという「悟りの話でもしてんの?」(笑)ともいえる考え方がはいっているんです。解説のページを探してみました。
⇒ホログラフィー

詳しいことは、また書くことにしますが、例えば、波動方程式は次元ということを、はっきり示しています。
空間的に「四次元」とか「5次元」とかが確実に存在することを示しています。

今日のテーマに関連して言うと「主観と客観の区別がもはやない。または、区別すること自体が無意味である」ことを表しているともいえるのです。

これが、ショックであるのは、物理学が「客観性」をよりどころにし証明や検証を重視してきたけれど、客観性なんてものが、よりどころにならないということを表しているからなんです。

いままで、客観的と考えていたものは、「単に、上手く説明できる、有用である」ほどの意味となります。波田陽区的にいうなら(笑)

・・「客観性、客観性が大切だ。科学的に根拠のないものは信じません」って言うじゃな~い。

でも、アンタが信じている科学も根拠がなくなってきてますから!!残念!!」


ってことなんです(笑)。

ちょっと怖いこと(?)を言うかもしれませんが、物理学の公式に主観、すなわち「心とか、意識といった変数」が入る時がくるかもしれません。

さて、客観という立場から、ちょっと語りましたが、私自身は「証明を必要とする客観」の価値は認めるものの、時間がかかるというのがマイナスだと思っています。証明されるのを待つとすれば、あと何百年待たなければならないかわからない(笑)からです。

ですから、ある程度の理屈があるならば、主観を採用したいんです。

主観とは「自分の心」「自分の体験」です。変に思うかもしれませんが、「自分の体験」については、一部で、既にこのような考え方が社会的に使われ始めているんです。

「食べ物が自分の体にあうとか、あわないとか」といった医学的な話です。

これって、今の医学知識では客観性を説明できないんです。でも、個人個人、体験として確かめることはできます。症状がでますから。

同じように「主観に関する理論」つまり、精神的な法則は、客観性うんぬんいう人がいますが、それぞれの人が「体験」をとうして一部は確かめることができるんです。

  1. 2004/11/22(月) 17:07:28|
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朝三暮四

朝三暮四という故事成語があります。
辞書的な意味はありますが、もとの小話はこんな感じです。

⇒朝三暮四

人を猿に例えるのは、気がひけるんですが、商売に向いている人とは(当たり前のごとく)「朝三暮四」的な発想ができる人です。

ここで、よくある(?)のは「みなさん!よく考えてください。朝三暮四の猿になっていませんか?」と注意を促すことです。

ところが、猿たちは、「朝四暮三で喜んでいるわけですから」、「注意?? なんのこっちゃ!!」と思うわけです。

極端な場合でお話します。「人を騙す」というのが、ありますが、騙す側の人の言い分に「騙されるほうが悪いいんや。いい勉強になるやろ。」というのがあります。

悔しい気もしますが、これはもっともなことです。程度問題ですが、商売とは、「実際の商品よりも、いいイメージを与え、買ってもらうこと」です。

それでは、例を上げていきます。まず、「朝三暮四」の考え方のエッセンスです。
「絶対に、マイナス面、欠点を先に意識させてはいけない。」ということです。

最近、情報ノウハウかなんかが、だいたい3万円から、4万円くらいで売られています。その商品の説明をよんでいくと、いかにもアフィリエイトで「自分が」儲かる気になります。実際、そのノウハウ集で利益が上がったという人もいます。私も「欲しい」とおもいました(笑)。

さて、実は、その製作者が「最後のほうで(笑)」、誠実に(笑)説明してくれています。

「いろいろ言ってきましたが、正直いいまして、このノウハウを利用しても上手くいくのは1~2割ぐらいではないかとおもいます。月数十万円稼げる人は、よくて10人に一人ぐらいでしょう。」

たしかに、このように書いています。

ところが、「説明を読んでいる人は、もうすでに、自分は成功する1割~2割にはいっているかのような気分でいますから、上のような文章があっても目に入りません。」

結果は、統計どおり(?)8割~9割の人が成果に結びつけられません。「自分が納得したんだから・・」・・「まあ、自分は1割~2割に入らなかったってことだ。」・・「教材がわるいんじゃなくて、自分の努力が足りないんだ。もっと勉強しなきゃいけない。」、なかには、ノウハウコレクター(笑)になってしまったり。・・^_^;


この例でいうと、最初に「このノウハウを使ってうまくいく人は1割~2割程度でしょう。」とは絶対にいいません。先に言っていれば、そんなんに3万円って高いんやないか!と思わせてしまうからです。因みに、私の感覚なら5000円程度ぐらいまでなら買っていたでしょう。(笑)。(注意;否定しているわけではありませんよ。事実、そういった情報教材のアフィリエイトプログラムを利用して宣伝するつもりです。)

ついでに・・ノウハウ集って、利益率が驚くほどいいんだよね。私は、メルマガもイロイロよんでいますが、そのなかで、メルマガを発行している人がこういってました。
「このメルマガで月100万円以上稼いでいます。先月は、ノウハウ教材(4万円ぐらいだったか?)が30セット売れました。」・・このメルマガは「月に○十万も稼ぐノウハウを知り、プチリタイアしましょう」というメルマガです。


さて、私も、よくやりがちなんですが、「相手のことを思って」、欠点とか、マイナス面を先に指摘しても、相手には「ケチつける気なの?」と受け取られるということです。

たとえ、その人が、高い買い物をして後悔しようが、「その人は、損するかもしれないけど、そのことを通して学んでいるんだ。学びと考えるなら安いもんだ」ということなんです。(中には成功する人もいるはずだしね。)

ここでひとつ確認を・・買う側の人にとって、今日のコノ話は「全く余計なお世話だ」ということです。情報教材ではなく、たとえば、ブランドバッグなんかだとどうでしょう。
エルメスのケリーバッグは何十万円もします。「たかがバッグにそんな大金だすなんて・・」って言うのは、買う人から言わせれば「余計なお世話」なんです。「あなた貧乏性ね」(笑)といわれるのがオチです。

ということで、この話が役立つとすれば、「売る側」です。(そして、そのつもりで書いてみました。)

(追加)私も、学ばせてもらっています。「競馬の本」とかでです。・・本のとおりにやれば、儲かるのでは?っておもうわけです。

で、ためしてみると、「なんだこりゃ!全然、本の通りにならんやないか!」(笑)・・昔の話です。

買った本には、こんなのが、ありました。

・・借金も膨らんで、もう借りることもできない。サイフにはあと2万円しかはいっていない。オレの人生おわりやな。・・ホテルで明日の競馬新聞をぼんやり眺めていると・・オレはあることに気づいた。さっそく、次の日、その方法を実践してみたんだよ。その日、競馬場を出る時には、サイフの中に6万円がはいっていた。・・信じられないかもしれないが、それから、快進撃が始まった。借金も返し、いまや、住宅を買って、ローンや生活費は馬券で稼いではらっている。



さて、本には、丁寧にも「その人が買った家の写真まで載っていました。」(笑)・・もちろん、著者だけでなく、出版社も「売れそうな本」にするため、アイデアを出して協力しています。
  1. 2004/11/20(土) 10:08:04|
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えぐら開運堂

今日もニシヤンの楽しい精神観念論、お楽しみください。

数日前、江原啓之さんについて取り上げましたが、彼は毎週金曜の深夜に「えぐら開運堂」という番組で女性相談者の悩みのカウンセリングをしています。起きてるかたは、御覧になられるといいでしょう。気になるのは(?)、ネプチューンの名倉潤がなかなかええ進行していること。彼は、細木さんの番組でもアシスタント役やってますね。「ええ勉強なるなー」と思っているとか、いないとか(笑)

さて、昨日の番組の話し。そのなかで、「過去の経験」、「自分では見たくない経験」に封印して、それを見ないようにしている女性が出てました。

過去の見たくない経験というのは、実は「見たくない経験のなかに」、その人の学びがあるということになります。蓋をしておくことで、うまくやっていくことはできません。なぜなら「蓋をしておくことができないから」です。(場合によっては、より悪化した形で、向き合わなければならなくなります。)

たとえば、自分が好きになる男性が「みんな暴力をふるう」男性だというひとがいます。暴力だけをみて、悪いのは相手で、自分のほうには原因がないと考えているとすれば、本人が気づくまで、このパターンが続きます。というのは、そういう男性を引き付けているからです。(TV番組がみられるのは、受信する側が放送周波数に合わせるからです。それと同じ理屈で、引き付けられるとは、同じような波長をもつからと考えられます。)

さて、過去について、斉藤一人さんは、次のようにいっています。
「皆さん、過去は変えられるんですよ。」

え?違うんじゃないの?と思う人が多いと思います。
私は、聞いてすぐ納得できました。

解説させてもらいますと、過去は変えられないというのは「事実」だけであって「過去をどうみるか」は変えられるってことなんです。

一人さん曰く、「過去が不幸せのままで、未来を幸せにするというのはちょっと難しいんです。過去を幸せに変えれば、今も幸せだから、未来もずーっと幸せなんです。心で、過ぎたことを思うときは思い出だよね。不幸せな人は、なんというか、不幸だと考えちゃう不幸ぐせがついてるだけなの。でも、どんなにつらい過去、嫌な思い出も、しあわせと思おうと思えば思えるの。ロクでもない男にひっかかったとしても、男を見る目ができたとか考えればいいんだよ。」

さて、たとえば、「親がひどかった」とか「イジメにあった」という過去があったとします。これも、肯定的に考えられるんです。そういう状況から、「内的な強さ」を身につけたかもしれないし、あるいは、他人に対して、同じような状況の人に対しての理解をもてたかもしれないんです。

それに、両親や環境というのは、実は、自分が生れる前に選んで出てきているんです。そして、(予定どうりなら)その環境のなかで、必要なことを学びとります。

たいていは、前世で、自分の子供であったり、親であったり、兄弟であったりしながら、役割を交代したりしながら、お互いが学びます。直接お互いが鏡のようになって学ぶのではない場合もあります。否定的な部分が少なくなれば、ダンスを踊るような楽しいいい関係となります。

一人さんは、こんなことを言っています。(聞いたことがない考え方かもしれません。)

・・映画の俳優じゃないけど、「親」が自分につらくあたるというのは、「つらい役目なのに、生まれる前の約束をちゃんと守ってくれて、演じてくれているんだ。」と考えて、「めちゃくちゃ頭にきてるけど(笑)、学ばせてくれて、愛をくれて、ありがとう。」と感謝すればいいんです。

これって本当なの?と思うかも知れませんが、これは確かめることができます。 心からそう思えたとき、親が人が変わったようになるからです。(注意:直接、親に聞いても、そんな約束した覚えはない・・笑・・といわれますので、心の中だけでおもっておきましょう。)


もっと、知的にいきたいなら、「私が、こういう状況にいるには、どんな考え方をもっていなければならないか?」を考えてもいいでしょう。

ちょっと難しいかもしれませんが、例えば、親が自分を「いじめる」という状況のとき、「自分が、自分の中の一部分をいじめている、自分自身を卑下している、大切に思っていない部分がある。」ということを現象として見せてくれている場合があります。

これを、親から学ばなければ、自分に学ぶことを教えるため、親と同じような恋愛相手を選ぶことがあります。

父親の暴力がいやで、「やさしそうな男性をえらんだつもりが、実は暴力を振るう父のような男性だった」というのは、かなりありえるんです。
  1. 2004/11/20(土) 06:39:07|
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アンタッチャブル

以前、日記で書いた、そのつもりはないのに腹筋を鍛えてしまった(笑)という話。

実は、アンタッチャブルというお笑いコンビのDVDを買ってみてるんです。(お笑いDVDを買ったのは初めてです。)

最近は、他の方も、たとえば、波田陽区とか、も面白いといえば、おもしろいんですが、DVDまで買って見ようとは思わないんです。彼には次々と新しい人を、または、一度ネタで取り上げた人でも違う角度から斬っていって楽しませてほしいですね。でも本やDVDは買いません(笑)。 買うのは、アンタッチャブル。何度みても笑えます。おかげでカナリフッキンを鍛えました。(笑) 

彼らは、血液型でいうとマイペースB型同士のコンビで、どっかの中小企業の社長のような(笑)風貌の山崎が、「半分天然か(?)」というような能天気なボケにたいし、同じくB型の柴田がリズムよく激しく突っ込むというコント漫才です。(関西系のものとはちょっと違います。)

最近は嵌ってまして(笑)、TV放送のものも録画して集めだしています。昔と同じテーマのネタがあるんですが、多分だいたいのことは決めておいて、実際は、それぞれが、自分のセンスでアドリブもかなり入れてるんじゃないかとおもいます。
(血液型B型コンビということからも?そう思います。笑)

TVでアンタッチャブルが笑える人はDVDも是非楽しんでみてください。

⇒『爆笑オンエアバトル アンタチャブル』

⇒アンタッチャブル(公式サイト)

  1. 2004/11/16(火) 07:04:02|
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江原啓之~スーパーTV情報最前線

昨日の夜10時から、スーパーTV情報最前線で「江原啓之」さんのことを取り上げていました。

江原さんは「霊視したり、守護霊と会話したりして」、人生相談に答えたりしている人です。

私は、本は買った事はないですが、本屋やコンビニで立ち読みしたことがあります。その当時はTVにあまり出ていないようっだったので、霊能力者だとはおもいませんでした。でも、立ち読みした感じでは「とても素晴らしい考え方」を持っている人だなとおもいました。(それで、この日記でも取り上げてみようとおもいました。)

⇒江原啓之の本

たとえばですが、江原さんの本を読んだ人は、(多分)「私も同じようなことをいっている」と感じるかもしれません。

これは、「このような考え方が、様々な時代に、いろいろな人たちによって、違った形で、語られてきたものと共通する部分がある」というだけの話です。

因みに、番組のなかで江原さんが

霊能力で人は幸せになることはない。
守護霊というのは、あなたに幸運を運んでくれる天使ではない。

と言っていましたが、当たり前のことです。でも、人は、誰か他のものが、他の人が、守護霊が、・・自分に幸せをくれるのではないかと思っちゃうようなんですね。

ちょっと、言葉が悪いかもしれませんが、「霊能力」というのは漫才で言う「つかみ」、そして「客寄せパンダ」的なものと考えられるのです。本当はその先、つまり、「肯定的に生きるとか、与える事とか、無償の愛とか」のほうがバランス的には大切なわけです。(これが理解できれば、霊能力が本物かどうかを見分けるといった必要性さえなくなります。そうすると、それ以外の分野、いろいろな分野で肯定的なものの考え方を持っている人を見つけることができますので、そこからも学ぶことが出来ます。霊能というのも、スポーツなどと同じく一つの分野ということになります。)

「守護霊」については、この言葉自体が、紛らわしんじゃないかと私は思っています。守護しているというより、指導しながら彼らも「学んでいる」からです。だから「学び霊」でいいとおもうんです(笑)。

私がいうのもなんですが、半分冗談だと思って聞いてください。

前、日記で、いろんな事件を,否定的な事件でさえ、肯定的に見ることができるといいましたが、守護霊といわれる人(?)たちは、指導している一方で、物事を肯定的にみるという学習をしているんではないかとおもうんです。

ですから、生きているうちから練習しておくと(笑)、優秀な守護霊になれると思いますよ(笑)。


といっても、これは身内(とか祖先?)だからこそ大変だと思います。例えば、親が自分の小さな子供が転んだのをみると、ついつい手助けしてしまいたくなります。しかし、時には「本人の学びのために」、本人が自分で起き上がるのを、心配しながらも黙って見ていなくてはならないという意味でもあるんです。



また、番組のなかで「オーラ」ということをとりあげていました。オーラは、本人の考え方、感情、健康状態と関係します。
(オーラは科学的に測定も出来ます。)

だから、「幸運を運んできてくれる」のは、むしろ「オーラ」のほうなんです。オーラは、自分がつくるものだからです。

まあ、TV番組的には、インパクトに欠けるかもしれませんが・・。

これについては、また、あらためて語ってみたいと思います。

今日の日記のまとめです。・・「守護霊よりオーラや!」(笑)

そうそう、こういうことを語ったからといって、守護霊が怒って、イタズラするなんてことはありません(笑) 

  1. 2004/11/16(火) 04:25:26|
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原因と結果の法則

今日の日記は、半分軽い気持ちでよんでほしいのですが、もし、今が、つらすぎて明日が見えないというとき、藁をもつかみたいような状況になったときに参考にしてほしいものとして書いてみます。

創造性(=いろいろやってみよう、工夫してみようという気持ちが起きること)は「楽しいことがら」に取り組むとき発揮されやすいんですが、否定的と思える状況の中に自分がいる時にも「同様に使える考え方」です。ところが、否定的な状況のとき「心の余裕や冷静さ」をもつのが(一般に)むずかしいので「あるオマジナイ(?)」を考えました。

このオマジナイは「オマジナイらしくないオマジナイ」です。そのまえに少々お付き合いください。

私は読んだことがないんですが、『「原因」と「結果」の法則』とかいう本があります。⇒ジェームズアレン


読んではいませんが、他にも原因と結果についての本がいろいろあります。これはお釈迦様も言っていた「因果応報の法則」ということです。で、こういう本は「役に立つといえば役に立つのですが、役に立たないといえば役に立たないんです。」

というのは、この原則は「実際には個人個人が持っている観念を通して」表れるからです。(法則はシンプルなものですが、理解した後の、「自分の観念に取り組むこと、吟味して捨てるかとっておくか決めるところ」が、やっかいなのです。)

ちょっと怖い話をします。「観念が破壊的なまま」つっぱしるとあまり良くないことが起こるようにみえます。

(私もだったんですが)、お金について「否定的な観念」をもっていることがあります。お金に対しての「否定的な考え方」というのとはちょっと違います。

具体的にお話します。たとえば、お金を稼ごうとすればするほど、また、稼げば稼ぐほど、「身の回りに良くないことがおこったり、病気になったりする」人がいるんです。これは「考え方」というより「観念」からおこります。ペットを飼っている人は、ペットが自分の身代わりになるといったこともあります。(これを、たとえば、祟りとか思うひとがいますが、それは一つの見方にすぎません。)

観念は「一種の回路のようなもの」ですので、回路に電流がながれなければ「回路がもたらすもの」に気付きません。

上の例で言うと、お金を稼ぐことを始めたとたん、回路が働き出し「自分や家族が病気になったりします。」(注意:観念は個人個人違うので、この話は全く実感がないというひともいますし、すごく思い当たる人もいます。また、単なる偶然だよ・・という立場を取っていないことにも気づいてください。)

さて、おまじないの話です。オマジナイのいいところは「とても楽である」という点です。

オマジナイらしくないんですが、(自分が思うに)カナリ強力なものです。絶望の中で祈るより「強力」なオマジナイです。(強力とは・・よく効くということです。)

このぐらいいっておかないと「ナーンダ」(笑)とおもわれますから。

オマジナイです。
「わざわざ、私が○○でいる必要があるのか?」
「他のやりかたで学べるんではないのか?」


こう心の中で唱えてください。(書くこと、寝る前などに紙に数回書くというのもいいでしょう。)

応用例です。
「わざわざ、自分がガンにかかる必要があるのか?」
「他のやりかたで、学べるんではないのか?」です。

もちろん、自分が言いやすいように、方言にして(笑)いいかえるのもOKです。

「ガン」が治りますように!・・というのより遥かに強力です。
(でも医者にかからなくていいというのではありません。医者も病気の回復について、後は本人の体力とか、精神力・・といったこともいいます。)

今日のオマジナイのポイントは「具体的な答えを無理して求める必要はないということです。」オマジナイですから、ただ唱えてください。

これは、否定的な状況に対するクスリのようなものです。ある意味「観念に直接影響を与える」方法です。ウイルスにたいするワクチンのようなものとかんがえていいでしょう。

さて、観念という仕組みを考える時、面白いことがいえます。
観念とは「1つの回路のようなもの」といいましたが、「小さな電流を流したらどうなるか?」を考えてください。

答えです。小さな結果がでます。すなわち、「小さな失敗で修正できれば大きな失敗を避けられる」ということが理論上いえます。

そこで家訓です(笑)。

小さな失敗から学んでいこう!(^o^)/

小さな失敗こそ「ツイてる」し、「ラッキー」なんです。

(例えば、こどもの時期にお金について、小さな失敗を経験して学んでおけば、大人になって大きな失敗を引き起こすことが大変少なくなります。もちろんお金以外のことにも言えます。)

病気のようなものでも、たとえば「おたふく風邪」なんかは、子供のときにかからないで、大人になってからかかると症状が重くなるといった面白い(?)現象もみられます。


今日の最後に、こんな言葉を書いてみます。

「皆さんは、答えを外に見ようとして質問というひとつの極を創ります。理解して欲しいのは、もし皆さんが質問を創造できるならば、すでに自動的に答えを受け取っているということです。・・これが完全性の本質です。そして人は誰もが完全な存在、素晴らしい存在なんです。」
  1. 2004/11/15(月) 04:45:38|
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エゴラッピン~ライブ(札幌)

昨日は、『エゴラッピン』というグループのライブに参加して幸せな時間を過ごしてきました。エゴラッピンは8月にあった合同ライブで見たのに続き2度目のライブでした。
⇒エゴラッピン「カサヴェテス」&ライブストリーミング


現在はやりの音楽ではなくて、ジャズとか、昭和歌謡とか、ブルースとかいったテイストをもつ曲を出しています。椎名林檎っぽい感じもあります。曲調としては、懐かしい感じがあるんですが、ボーカルのかたが(そして観客も)若いので「すごいパワフル」なライブです。ハマリ度指数(笑)はカナリ高いといえます。

前の方の方は「狂ったように」(笑)踊り楽しんでいましたが、私は、やや後ろのほうで、適度に(笑)踊り楽しみました。

音楽には「曲調」のほかに「リズム」があります。私はR&Bのリズムが好きなんですがブルース調も嫌いではないですね
⇒エゴラッピンCD

そうそう、北海道の人がライブでノリが悪いというのがアーチストたちで噂になってるとかいないとか。コレは、他のアーチストもいっているんです。それに、私自身も、同じアーチストのライブを地元と東京や大阪で体験して、ノリの違いを実感しています。(でも、逆にいうと、だからこそ北海道らしくていいんじゃないかと思うわけです。) で、「今日の観客は、私からみるとすごくノリがよかったと思うんですが、他の地域は、もっともっと凄くて狂いまくっている(笑)のかもしれません。

エゴラッピンのボーカル「よっちゃん」は「札幌の人は恥ずかしがり屋さんが多いんで・・」みたいなことをいっていました。 まあ、ノリがマイペースということなんでしょう。(笑)

ノンビリしていてストレスを強烈に(笑)発散しなくてもいいのかもしれません。私なんかは東京あたりの人は偉いとおもってますから。あの通勤地獄ストレスによくたえているなあと思っているんです。



  1. 2004/11/13(土) 03:13:29|
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常に「心」が先なんだ

トリビアの泉というTV番組があります。結構人気なんでしょうが、個人的にはあまりおもしろくないんです。玉には面白いのもありましたけど、最近はみなくなりました。

今日は発想においての「トリビア的なもの」の話です。
先日の日記で、世の中にあるもの、「自然」みたいなものから、「発想を学ぼうとする」といろいろ見えてくるものがあると言いました。

科学の世界、特に物理の世界に「量子力学」というのがあります.
物理学者は、これを道具にして「宇宙論」とかの説明に取り組んでいるんですが、その説明から発想を学べるんです。

量子力学までいかなくても、いろいろ学べます。今日はその中から一つ取り上げてみます。

「地球には引力がある」っていうのは、だれでも体験していると思うんですが、

これを・・地球が引力を持っている とか、地球があるから引力がある と考えるのはチョット違うということになります。

「引力があるから地球があるんです。」

引力がなければ、地球はバラバラになるでしょうし、引力がなかったら「そもそも地球はできていない」んです。
(引力とはなんぞや というのは今日は省略しときます。)

では、人間は?ってことを考えたんです。
説明のため、心、いや魂としておきます。

体があるから心(魂)がある、肉体の中に心がある

じゃなくて、心(魂)があったから肉体がある、心(魂)のなかに肉体があると考えられるのです。


トリビアですから、そうだ!という人と、そうでない!という人があっていいと思います。

というのは、今、両方ともあるから、どっちでもいいからです。(笑)でも、当たり前かもしれませんが、

心のなかにあるものが、常に「先なんだ」ということだと理解しています。

斉藤一人さんは、心の引力のことを「魅力」とよんでいます。また、心の引力は、いろいろ作ることができます。
「目標」というのもそのひとつです。「平和」みたいな概念やイメージも心の引力のひとつかもしれません。、


関連した話で、みなさんが普段つかっている「意識」・・これは「脳が作り出しているのではない」というのは(自分では)明らかだととおもっています。体が、そして脳が正常なのに「意識がない」ということがあります。・・これは「睡眠」のことなんですが、

先日、すごいショックな例をTVで見てしまいました。(笑)

体や脳はどこも悪くないのに、なんと30年間も意識がない状態が続いた後、突如意識が戻ったという女性の話です。
本人にしてみれば、ちょっと寝て起きたら30年経っていたということですから相当なショックです。

やっぱり、自分の顔が一夜にしておばあちゃんになったのがショックだっただろうとおもいます。



  1. 2004/11/12(金) 18:42:40|
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勘違いするべからず(笑)

多分、ここを読んでいる人は勘違いしている(?)と思うんで
書いておきます。

まず、「学校」というものを思い浮かべてください。
学校は、先生が教え、生徒が学ぶ場です。こういうのは、
学校だから成り立つんです。

ネットのブログ日記というのも「一つの場」です。いろいろこれからもバシバシ書いていきますが、考え方を押し付ける気は更々ないんです。

では、なぜ書くのか?というと、学校と同じように、「こういう形」で、学ぶっていうのが抵抗がないからです。

他人を変えようとする前に、まず自分を変えることから始めようって言葉があります。

これは、法則的なことからもいえますが、人間の性質に基づいた発言でもあるんです。
斉藤一人さん(←これからも引用させてもらいます)は本で次のように言ってました。

「人っていうのはね、自分で自分を変えることは許せるけど、他人に変えられるのは嫌なの。」

で、今日の日記でいっている、勘違い(笑)ですが、私(管理人)のことを、説教の好きな人(笑)とか、朝から生テレビに登場するような(?)理論で説得するのが好きな人と思っているとすれば、カナリイメージとしては違っているんではないかとおもいます。

現実は、あっけないほど、説教みたいなことはしませんし、酒場かなんかで(笑)理論とかウンチクも語りません。(笑)

でも、家庭教師とかやっていたんですが、そのときは、生徒に対し、カナリ学習理論を説教してたかもしれません。(笑)

ということで、ちょっと、かっこつけさせてもらいます。(笑)

昔、福山雅治、木村佳乃がでていた「パーフエクトラブ」というドラマがありました。福山演じる武人(たけと)と、理想を追いながら挫折するんだけども、なかなか素直になれない元恋人役とのケンカのやりとりが、すごくいいんです。・・めずらしいと思ったんですが、ケンカによくある「売り言葉に買い言葉パターン」じゃないんです。

元恋人は武人役の福山を攻めるわけです。
「理想も持てないあんたに、私のこの気持ちがわかるっていうの!」とかイロイロ福山に言うわけです。

普通よくあるケンカパターンなら、「オマエこそ、オレの気持ちわかってんのか!」となるんですが、

福山雅治は、こう優しくいいました。(っていっても台詞は脚本家なんでしょうが・・)

「それだけ、自分の気持ちを吐き出したんだから、少しは気持ちもスッキリしただろ。さあ、帰るぞ」

福山雅治が出ていたドラマとはコレです。

⇒パーフエクトラブ

ちょっとやっかみもありますが、福山雅治ってモテすぎやない?
ファンには申し訳ないんやけど、ちょこちょことCD 出せば、すぐ売り上げベスト3になっちゃうし。

・・必死で音楽に取り組んでいるヤツからみれば「世の中どうなってんじゃ!」(笑)って感じでしょう。

昔から「ドラマの役どころがヤケに包容力のあるいいヤツ」なんだよね。正義感もあったりするし。そんでもって、あのルックスでしょ。モテないわけがない。

⇒福山雅治DVD

・・因みに、「イイトコドリ」(笑)福山雅治・・O型です。

  1. 2004/11/11(木) 03:47:23|
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料理からも学べる

私達は、本を読んだり、ネットを見たり、tvを見たりするという「高度な?学び方」を持っていますが、そうでない場合、「何から学ぶのか?」と考えてみました。(といっても、ずーっと前の頃の話ですが・・)

答えは「回りの世界」にまなぶ、「自然」に学ぶです。
視点さえ持てれば、いろいろ学べるんです。

そのなかで注目に値するのは、「食」というか「料理」です。
「料理」を通して「非常に多くのことが学べます。」

縄文時代の人たちだって(笑)、食べなきゃ生きていけないので、そこから学ぶことができたはず(?)です。

料理とは、まず、「できあがりの状態」から考えて、素材を選び、素材を下ごしらえし、適正な手順をふみ、味付けをして、調理もしつつ、完成となります。でも、ただ、作ればいいというものではなく、最低限、食べられるぐらいの「おいしさ」(笑)にしなければなりません。

料理のなかには、いろいろな「発想や考え方の基本」がはいっています。

たとえば、「バランス」ということが学べます。
たとえば、調味料。おいしい料理には絶対になくてはならないものです。しかし、一方で、ドバドバ入れた場合(笑)食べれたもんじゃありません。

人生の成功を「おいしい料理の完成」と考えたとき、
たとえば、調味料というのは「否定的要素」にあたるかもしれません。そして、これは、調味料と同じく「なくてはならないものではあるが、ありすぎると人生を台無しにしてしまう」と考えられるのです。
(注意;栄養素という観点からみると台無しではないことに注意してください。まずい料理でも・・笑・・栄養素的には目的を達成したことになるわけです。)

まとめますと、

否定的な選択で生きるバランスを崩した人生=まずい料理
肯定的な選択で生きるバランスが取れた人生=おいしい料理

ただし、いい悪いはない。=栄養素の吸収という目的は、どちらでも達成できるから


話ついでにいいますと、「人生の中で運命のように思えるもの」は単に「体が必要とする栄養素、不足している栄養素」を補おうとしているだけで(⇒この考えだと、環境=料理の素材そのもの)、「料理が、おいしくなるかまずくなるか」とは、ほとんど関係ありません。それぞれの人次第ということになります。

料理で学べること、ほかには、たとえば、手順すなわち「適正なステップ」ということも学べます。これなどは「仕事をする技術」に応用できる考え方です。

さて、話としては次に進みます。現代人は「昔の人」より、はるか深く学ぶことができます。それは、科学、特に「物理学の発達」です。

物理学には「法則」といえるものがあります。そして、その法則は「精神的なもの」にも同様にあてはまります。

精神的なものを言う場合でも「エネルギー」なんて言葉は、もはや日常語になっています。また、昔なら「類は友を呼ぶ」なんて諺なんかがありましたが、今は「波長」とか「周波数」なんていう言葉が使えます。

自然から学ぶ、特に「自然から法則を学ぶ」と考えたとき、
物理学はとても役に立つんです。昔の哲学者は、このような知識を使えなかったから「大変」でしたが、現代人は、この知識が使えるので、とてもラッキーなんです。(研究はアインシュタインみたいな人に任せて、でてきた結果だけ、ご拝借(笑)というわけです。)

そういった話もまじえながら、日常のくだらなそうな話や、アフィリエイトなどの副収入の話や、たまに宣伝もはいりながら(笑)、このブログは展開していきます。

今日は「発想の源」の話をしてみました。



  1. 2004/11/10(水) 06:29:42|
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人を裁くな!判断するなとは?(ニシヤン式)

「人を裁く発想、判断する発想は、その人(や周りの人を)幸せにしない。
というのが前回の日記。

「人を裁くな、判断するな」という言葉を前回使ったので、これについて、コメントしてみたいとおもいます。

というのは、軽く受け取って欲しいんですが、「人類のテーマ」でもあるからです。裁くとは「敵」をつくること、すなわち「戦争」にもつながる発想だからです。

人を裁く発想が「ある観念」をつくりあげました。キリスト教でいうと「最後の審判」とかです。日本だと、死んだら閻魔大王かなんかが、裁いて、人を地獄に落とすとかという話です。

そうすると、信仰深い人は「地獄におちないようにするには?」みたいな発想で生活していきます。

また、人を判断するなということばを「頭を使うな」とか「馬鹿になれ」みたいな捉え方をする人がいます。

これについて説明させてください。(あくまで私の考えです)

まず、変なことをいいますが、「人を裁かないこと」「人を判断しないこと」は、普通はある意味、できないことなんです。

人は、物事を裁いたり、判断してしまうもんなんです。
レッテルを貼ってしまうということです。

で、どうしたらいいのか?

答えは・・「違うレッテルを貼る」ということです。

裁くとか、判断するとか、偏見をもつとかいうのは、否定的なレッテルを貼っているだけなんだということです。「レッテルを貼らないようにする」のではなく(←なぜなら、レッテルを貼らないことはできないので)、「肯定的なレッテルを貼る」ということです。否定的なレッテルを貼る代わりに、肯定的なレッテルを貼るということです。

人を裁くな、判断するな!とは、否定的なレッテルを貼っていて、バランスを崩していますよ。肯定的なレッテルに変えてみたら?ということなんです。

では、次に、肯定的なレッテルを貼るための「基本的な考え方」を紹介します。

物事がおきる全てに、「深い理由があるんだ。肯定的な素晴らしい理由があるんだ」と理解することです。

人の目線からいうなれば、「そういう環境や出来事をとうして学んでいるんだ」という視点を持つともいえます。

深い理由がわからないことも、いくらでもあります。そんなときは、斉藤一人さんが、言っているんですが、「わけのわからないぐらい(笑)素晴らしい理由があるんだ」と理解すればいいんです。

ところで、「いったい何を学ぶんでしょう?」

これは実にいろいろありえます。たとえば、こういわせてください。

「楽になるために学ぶんです。」・・同じことを学ぶのに「違うやり方、ちがう発想で学べないのか?」ということを学ぶんです。・・これって「創造性を身につける」ってことじゃない?ですか。(゜o゜)

たとえば、「お金の大切さ」というのを学ぶとします。

よくあるパターンは「お金に困るという状況に自分を追い込むことで」お金の大切さを学ぶというものです。

しかし、お金に苦労したり、困る体験をした人のなかで、気づく人がいます。「もっと楽しく、別の方法で、お金の大切さを学べるんではないか?」ということです。まさしく、「どう学ぶか?」はそれぞれの人が、好きなようにやっていけばいいということになります。

楽しく学ぶ人、ちょっと楽しく学ぶ人、ちょっと苦労して学ぶ人、かなり悲惨な状況で学ぶ強い人、早く学ぼうと無理する人、ゆっくり学ぼうとする人、無意識に学ぶ人、意識的に学ぶ人・・これらに、いい、悪いはないといえます(大変さは違います。)皆さんは、どんなふうに学んでいきますか?というか、その前に「今どんな風に学んでいますか?」かな?

(この日記のオチ・・笑・・です。)
以上のようなことを、私も学んでいるわけですね。
  1. 2004/11/08(月) 08:00:53|
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TVで人気のあの方

最近、TVで人気の細木数子さん。みなさん番組を見ているでしょうか?私は、特にファンというわけではありませんが、とても素晴らしいことを話す方だなと思っています。

皆さん、いろいろな見方をしていると思います。
彼女は時々、予言みたいなことをいって、見てる人は予言が当たるとか、当たらないとかで判断する人もいるとおもいますが、

私が感じたところでは、「予言が当たるとか当たらないとか
は彼女の中では、どっちでもいいこと」のように思っていると思います。そのようなことを「知っている」方なのではないかと思います。つまり「一つの方便」ということです。

方便というのは「人間よく使います。」(笑)
たとえば、「今度のテストでいい点取ったら、小遣い3ケ月アップ」という場合があります。・・勉強する気を出させるための一つの方便です。・・子供は一生懸命勉強するでしょう。

もちろん、そういうのが嫌な子供もいます。その場合は「別の方便」を考えます。「方便のなかには否定的な方便」もあります。代表的なのは「恐怖」です。恐怖は大抵は過去の記憶からきます。過去にテストの点数が悪いとき「物凄い勢いで叱る」とかするならば、それが、イヤで勉強する子供もいます。


さて、私がどのように楽しみに見ているかをお話します。これからも「いいことをいう」という言葉を私は使っていくとおもいますが、何がいいのかというのは「単純」でして、

どんなふうに肯定的なことをいうのか?なんです。肯定的といってもイロイロあるんで、面白いし自分にも応用できるんです。

ところが、自動的に「いいか悪いかの判断」をしてしまうと
これが使えません。世の中に裁判官はそんなにいらんのです。しかも、よく観察すればわかるように、「裁判というのは当事者にとっては、精神的にも、肉体的にも、場合によっては金銭的にも大変だし、時間がかかるんです。」さらにいうなれば、裁判によって「当事者同士がその後、いい関係を保つことは極めて難しくなる」といえます。こういったことからも、

人を裁く、判断する発想は、その人(そして回りの人)を幸せにはすることはない。ということができます。もちろん、家族についても同じです。

ですから、事件なんかをみて、「どっちが悪いか?」とか「誰が悪いか?」という見方をして、裁判官になる練習(笑)をするのではなく、どのように肯定的にみることができるか?って感じでニュースや事件を眺めています。

そうすると、気づくことがあります。・・自分に対してもっと肯定的に考えられるのではないか?ということです。そして、自分について判断しなくなり、内側での葛藤が解決すると、それを反映するかのように、外側にあるいろいろな問題が解決してしまいます。


さて、話はもどって(?)

昨日みた「細木番組」で、顔を黒くぬった「ヤマンバ」とか、いろいろ言われている若い女の子のことを取り上げていました。

これに対し、「マユをしかめる」こともできますが、私は笑って見ています。バカにしているとかではありません。

彼女達の、たとえば、前世がアマゾンの未開部族かなんかで(笑)、そのときの「潜在的な記憶を懐かしがってるんかな」(笑)とおもうからです。 世界を見ればわかりますが、部族というのは今現在も、この地球上に生活しています。部族にとっては、あのような化粧の仕方は「別に変ではありません。」

そして、細木さんは、期待どうりに(?)、彼女達に対して肯定的な発言をしてました(笑)。

お嫁にするなら、一番いいタイプになるとも言っていました。

どんな「肯定的な、前向きなアドバイスをするか?」・・今度「細木番組」を目にしたときは、こんな風に、楽しんでみてください。
  1. 2004/11/07(日) 23:16:45|
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→一人さんの「今日の言葉」
→日本一語録?

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