『与えてこそ手に入るもの』

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----------------------------アフィリエイトサイト管理人の「発想の転換」日記~「楽しい精神観念論」

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上手くいく方法

新しい考えでは、物事が複雑になるのは・・物事が上手くいかなくなるのは「他者を基準に、物事はどうあるべきか?」と考えるからということになります。

他者を基準にする限り、人生は困難なものになります。

実は「他者を基準とすること」が上手くいく条件があるんです。というかあったんです。それは、社会全体が「共通の幻想」をもっているときだけです。

幻想が崩れ始めたとき、たとえば、今の日本です。教育でいうと学歴偏重に疑問を持つようになったとか、会社で言うと終身雇用制度が崩れてきたというのが「共通の幻想が崩れてきたことを示す一つの例」です。
価値観が多様化すること自体、共通の幻想が崩れかけていることを意味します

社会は一見混乱してように見えます。たとえば、TVの討論番組をみればわかることがあります。

意見や見方がバラバラで、はたして何が正しいのか?何をやれば上手くいくのか?・・わからないわけです。これは他者を基準にしているからです。(最近、ヒサビサに・・笑・・朝までテレビを見ました。教育問題がテーマだったので。そのテーマに関係したことでいうと、参加していた人には、実際に行動をおこしていて名前も知られている人もいました。で、聞いてると、実際に結果を出している人同士の意見や考え方が違うんです。

これは、正しい間違っているでいうなら、どちらも正しいんです。結果をだしているのですから。でも、このことに気づいていない(?)討論参加者は自分の考えだけが正しいと思い込むわけです。・・子供もいろいろいるということを考えると、いろいろな考え方が役に立つのは当たり前なんですが・・)

自分の基準としようとしたとき役に立つことがあります。
選択支を広げるということです。いろいろな意見や見方があることを、違った見方があることを学べばいいんです。

そうするとわかることがあります。回りの人たちの生き方考え方だけでは材料として(多くの場合)不十分であることです。・・そうすると、もっと多くの考え方生き方を集めてこようという気になります(?)。


目的次第で・・たとえば、スポーツの世界で、実力を上げていきたいとした場合、近くに優れた考え方や知識をもった指導者がいないことがあります。(つまり、よく見られるように、遠くまで指導を仰ぎにいくことになります。)

いろんな人生の選択肢の材料が必要です。現在生きている人、過去に生きた人、・・これを読んでいて、映画をみること、映画を見せることがとてもいい材料になることに気づく人もいるでしょう。・・昔なら、本をよめ(笑)・・なんてところでしょうか。


さて、上手くいく方法です。(これは特に・・自由にさせること・・が重要な前提条件です。)

それぞれの人が,他の人の考えでなく、自分の価値で動き出すことです。(できれば、そうすることで物事が上手くいくようになっているということを信じることです。)

何が、新しいのか?・・大勢が集まって、どれがいいとか?何が正しいとか?ということを探そうとするのではなく、いろいろある中で、自分はどうしたいのか?何から始めることができるのか?から始めるという考え方です。

わかったようでわからない話になったので(笑)、斎藤一人さんの本から引用します。

・・今、ある観光地が、お客さんが来なくて困っていたとするよ。そのとき、そこの商店街の店主が集まって意見を出し合ったり、行政にかけあったりいろんなことをするんだけど、それじゃあダメなんだよ。

なぜって、みんなで何かをやろうとすると,

「ウチはそんなことはできない」、「私はこうなんです。」
とかいって、いろいろ(できない)事情を言ってくるんだよ。その事情を調整している間に、チャンスが逃げちゃうんだ。

じゃあどうするのか、ってカンタンなの。
「一人勝ち」している人がでてくればいいんだよ。

「私は、現状分析して議論したり、みなさんの意見につきあっている暇はありません。私は私でバリバリやりますよ。」
って言う人が現れて成功すれば、そこの回りの人も助かるんだよ。

たとえば、自分がホテルかなんかやっていたなら、自分の知恵と工夫でバンバンお客サンを集めればいいんだ。

そうすると地元にある取引先も元気になる。

「あのホテルはやけに元気がいいな。何をやっているんだろう。ウチも真似てみようか。」ってところも出てくるの。

そうすると、その商店街自体が、いつのまにか人が集まりだして元気になってたりするんだ。

だから、自分の価値観で「自分が一人勝ち」することをすればいいんだ。これからは、そういう時代になるんだ。

(管理人)・・物事を分析したりして、みんなで話し合って、こうしたら上手くいくだろうという考え方をして、なにか魔法のように物事が上手くいくことを期待するというのは、ほどほどにしておいたほうがいいのではないかと思います。なかなか意見がまとまらないことに、そしてまた、やっと実行されたとしても思った以上の効果がないことに、腹が立つばかりだしね。(例えば、政治や政治家への期待・・笑)

実際、いい変化は、小さいところから、・・自分で動き出した一つの企業、役所でも自ら工夫に乗り出したところが、自分達の価値と工夫で「一人勝ち」することで大きな変化を起こし始めています。

そんでもって、他の役所や企業が、うまくいっているところからノウハウ(や考え方)を学ぼうと視察にくるというわけです。




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  1. 2005/01/29(土) 04:15:14|
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なんだ!このカッコよさは!

新しい考え方では、「正しいとか間違っている」とかはありません。

というのは、大きな自分(そして大きなあなた)もそうだからです。

じゃあ何なのか?というと「体験したいかどうか」です。


貧乏を体験したいか?お金持ちを体験したいか?
悲劇を体験したいか?幸運を体験したいか?・・などです。

不安に怯える人生はどんなものか?を体験したい
一生独身の人生はどんなものか?を体験したい


明らかに「損」のように思える行動を取る人がいます。ただ、やってみたいだけ、体験したいだけなんです。(だから、体験したいという考えと、損得とか善悪の判断を元にした考えとは摩擦や衝突が起こりやすいといえますし、よく目にするところです。

また、たとえば、自分の判断(つまり、こどもにとっては親からみた善い悪いという判断)で、子供に「体験させないように」育てると、(当たり前ですが)こどもの心は反乱をおこします。求めているのは結果だけじゃなく、体験(そして体験から得られるもの)なんです。

反乱を起こさない場合・・その子が自由になったとき、(=たとえば、その子が大人になって自由度が増えたとき)、体験に走ります。

たとえば、私を含め、たいていの人は、子供のころにお金を自由に使う体験をしていません(?)。そのため、大人になって、お金持ちになった場合、まずは(笑)、子供のころにしたかったお金の使い方をすることになります。いわゆる贅沢を味わうということです(?)。


確認です。体験することは「別に悪いことでもなんでもありません。」体験したがること・・は子供の(そして人間の)性質そのものです。

まあ、体験が問題になるのは、結果が思っていた以上に大きくなりすぎるときです。(そういう意味では、小さな体験、小さな失敗から学んでおくというのは、大きな体験の場合に、ほしくない結果が少なくすむため、とても優れた・・というより・・その人にとって「ありがたい」考え方といえます。)つまり、役立つことができるとすれば、安全に体験できるようにしてやること、充分準備して体験すること、させてあげること、体験はやり方によって楽しいものになりえることに、気づくこと、気づかせること・・などです。(他にもいろいろあると思います。)
 

さて、物事にいい悪いはない・・と言うことについて、これは、そのとうりなんですが、ここで、私の考え(そしておそらく皆さんの考え)を述べてみます。

あえて、悪というものをいうならば「体験する場」を奪うこと、体験するチャンスを奪うことです。体験して学ぶ・・ことを目的にしている大いなる自分(=自分の人生を決めてきた自分、生まれる前の自分)から見ると、極端な例では、他人の命を奪うことはもちろん、自分自身の命を奪うことは「体験そのものが奪われる」という意味で悪であるといえます。

もちろん、現実の善悪はおもに次のように決められて(?)います。目的に対して、上手くいくものが善、うまくいかないものが悪である。(この考え方では、目的が変われば、善悪が変わることになります。事実、時代や地域によって善悪は驚くほど違っていることは知られるところです。具体的には言いませんが、日本では何の問題もないことでも、他の国では死刑になるなんていうこともありますよね。)

最後に、今日の話は、とてもカッコイイ話なんです。

「なんで、山に登るんだい?」
「そこに、山があるからだよ。」

こちら(北海道地方)では、救急救命24時パート2の再放送が始まりました。松雪泰子がでているやつです。

そのなかで、抜群の知識・技術・経験を持っていながら、最愛の奥さんの死などもあり、医師としての情熱を失っていた進藤(江口洋介)は、医師として救急救命に是非来てくれないか?という誘いに一旦はキッパリ断ります。しかし、後で職場に復帰することになったとき、理由を聞かれて、松雪に言った言葉があります。

「医者が患者を救うのに理由なんかいらない。・・そう言ったのはオマエだ。」

なんだ、(゜o゜) このカッコよさは(笑)
  1. 2005/01/23(日) 19:31:36|
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国を変える方法、政治を変える方法

大見得切った発言をしますが、社会を変える凄いインパクトのある方法があります。

この方法は、そのインパクトの大きさを知っている人達(たとえば、権力者や会社の重役など)は、陰で猛烈に反対することでしょうし、反対し続けるでしょう。

それは、皆さんも知っている「情報公開」です。最近は、マスコミでも、たとえば、官僚などが、システムを悪用して、私服を肥やしていたんだということが取り上げられてきています。

自分達に有利なシステムを作ってしまえば、システムのせいにして、各個人は責任を問われないで済むというしくみです。そのシステムの酷さ(というか美味しさ)については、なるべく知られないようにしておくわけです。

これは、医療制度など、あらゆる分野にあります。

最近やっと、そうした制度、システムのなかで余りにもやりすぎである、おかしいんじゃないか?といういうものについては、内部告発等で表面に一部でてきており、実は「陰でそんな美味しいシステムを作っていたんだ」ということが知られるようになりました。

キーワードは透明性です。

責任のある立場にある人はプライバシーの公開もある程度やむをえない。というのが私の考えです。(政治家なら法案に対する賛否、企業の役職なら、給与や個人資産についてです。)

例えば、上場企業などの大会社の役職は、給料明細・資産状況を公開するといったことはどうでしょう?。

会社の利益が上がっていないのに役員報酬が高すぎるとか、会社の利益が上がったばあいでも、平社員には還元は少しなのに対して、役職は破格のボーナスをもらっていた・・なんてことが一目瞭然です。それらが、わからない状態では、経営のリスクを負っているのは経営者側なんだという言い訳に納得せざるをえなくなります。

もちろん、こういう議論は「一般大衆を巻き込んだかに見える議論でつぶしにかかります。」・・つまり、一般大衆のプライバシーの問題というように言うわけです。プライバシーが公開されれば、それを利用した犯罪も起きますよ・・などと話すわけです。

一般大衆はプライバシーの問題は賛成なので「システムから恩恵を受けている者の思う壺」ということになります。

さて、現在は情報公開(=透明性)実現ための強力な手段を一般大衆も持つことができました。いうまでもなく、インターネットのことです。

法案成立に、それほど難しくないのに作られないある制度があります。政治家は、(無意識には?)この制度に国民が関心を持って欲しくないと思っています。

それは、
国会議員が、どの法案に賛成したか、反対したかを、インターネットで誰もが情報として閲覧できる制度です。

最近の話題でいいますと、例えば、議員年金というのがあります。これも見直そうという話でしたが、議員達は、はやく一般大衆が忘れてくれるのを願っているかのようです。・・つまり議員達の間で改革の動きはみられません。首相さえも「議員年金について見直しが必要だ」という発言をしていました。

一方で、国民にたいする年金は「知恵もなく」負担増を決定していきます。

ところが、例えば、野党などから議案として法案が提出されたとして、どの議員が賛成したか反対したかを、ネットでわかるようにしたらどうなるでしょう?

・・確実に議員年金の見直しになるはずです(笑)。
・・彼らは選挙が一番怖いはずですから。

よく構造改革といいますが、システムを変えるというのは大変なことです。陰での抵抗が大きいからです。

ところが、特にシステムを変えようとしなくても、システムとそれに関わる人達を見えるようにするだけで、自然と物事は大きく変化します。

結果は、情報公開の程度に応じて、あらゆるところ、あらゆるレベルで変革が起こるでしょう。

見えるようにする(=透明性)というのは情報公開と呼ばれるものにとどまりません。

たとえば、教育の問題についても、参観日以外でも、たとえば、週に何時間か科目ごとに父兄が見学してもいいという制度にしたらどうでしょう。不審者が心配というのなら、申請制度にしてもいいかもしれません。

引ったくり防止、子供を狙った犯罪、・・これらを防ぐのにカナリ有効な手段が「人の目」です。定期的に、見えるように(笑)パトロールをするというのも、うまく実行できれば大いに効果があるものであり、既に実行して成果を上げている自治体もあります。


個人的には、まずは、国会議員一人一人について、どの法案に賛成し、どの法案に反対したのか、ネットで誰でも見ることができるようにするのがいいと思います。それに加えて、たとえば、環境問題への取り組みや実績なんかがわかるようにするといいかもしれません。民主党あたりに頑張ってもらいたいです。

国会議員の立場でいうと、これは、ちょっと怖いことかもしれません。



  1. 2005/01/15(土) 06:14:13|
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大きく時代は変化している

今日の日記は、単に「大きく世の中が変化するんだ」ということなんですが、この変化には、世間常識以上の変化も含まれています。それは、地球環境(気象など)の変化であり、意識の変化です。変化は、ほんの(?)数十年前を見てみれば判るように、すでに始まっています。

意識の変化ということでいうと、各個人が、大きく考え方をかえるだけでなく、大きく意識が異なる子供達、特別な才能を持った子供達が生まれてくる、生まれてきているとおもいます。

昨年の大晦日、TVで、フォトンベルトとやらを取り上げていた番組がありました。、銀河の中心から来る光子(フォトン)の波のベルトのなかに、地球が2012年には完全に覆われて、大災害を引き起こすかもしれないという理論(噂?)を取り上げていました。それを見て、ちょっと取り上げてみたくなった話です。

今日は、サネヤロウマンという外国の江原啓之さんのような(?)かたの言葉を紹介します。この本は1994年当時に買って読んだ本です。

今日抜粋する箇所は、ちょっと抽象的に感じるかもしれません。
また、こういうトーンの文章が苦手の人もいるかもしれません(笑)。

(抜粋)
あなた方は大変革の起こるワクワクする時代に入りつつあります。それは、あなた方の銀河宇宙を通過しているエネルギーの波が、それと触れ合う全生命のコースを変えつつあるからです。

この波は、エネルギーと物質の性質に影響を与え、すべてをより高い波動に変えています。それは地球次元に来始めたばかりですが、あなたは既に、この高い光の波動の影響を感じ始めているかもしれません。

たとえば、より多くのインスピレーションを受け取ったり、霊的な体験をしたりするかもしれません。また、やりたいことが多いのに、時間が足りないということを感じるかもしれません。というのは、この波は時間の性質を変えてしまうからです。

私たちの中には、この特別な時期にガイドとして、あなた方を助けるために来ている存在たちもいます。

私達は、このエネルギーの波について多くのことを発見しました。まず、私たちにわかっているのは、それは光で、意識を持っていることです。

また、この光に働きかけ、それとともに活動することで、途方もない進化と成長の可能性が生まれることも発見しました。

あなた方の古代の預言者たちは、この波を予言し、あなた方にその準備をさせるために、現代という時に、大きな変化が起こるという考え方の種が、その時蒔かれました。

なかには、それを地球の地殻の大変動の時代と予見した人もいましたが、そういう大変動は必ずしも起こる必要はないのです。

それらは、低い性質の思考や感情や態度が去って、より高い性質のものに置き換わるときに起こる「内なる変化」を象徴しています。

あなたは、この光の波に乗って、今まで知らなかったような喜びや平和や愛を経験することができます。自分に小さなステップが現れるたびに、それを実行し、自然と地球と調和しながら成長することができます。

新しい波がやってくるとき、それらは混乱のように感じられるかもしれません。それらの波は、人生の中の物事を揺り動かすからです。

最初、多くの人はこの変化を拒否するかもしれません。というのは、これらの変化を受け入れると、物事に対する自分の認識と生き方を完全にかえることになるからです。

なかには、このエネルギーを取り扱えないと感じて、その影響を酒やドラッグで感じないようにする人もいることでしょう。また、古いものにしがみつき、生きることがますます大変になっている人や、新しいものを批判し抵抗する人がいるかもしれません。

また、中には、困難と苦痛の経験を通して、やっと自分が受けとっている内なるメッセージに注意を向け始める人もいるでしょう。

この高いエネルギーの波の中では、自分を大切にし、楽しい活動に向かう内なる衝動に従うことが求められます。

あなた方は、この光の波と一緒に活動できれば、人類と地球が静かで平和に移り変わっていくことが出来ます。苦痛と地殻の変動ではなく、愛と喜びを持って、この高い波動の周波数へ移行することができるはずです。

かつて、こんなにも多くの道、多くの可能性、自分の経験したい現実を選ぶ機会が、こんなにも多くあったことはありませんでした。
  1. 2005/01/13(木) 01:49:02|
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大きく時代が変化していく

今日は、このテーマで違うことを書くつもりでしたが、BS2でみたTV番組(22:10~)の話をします。同じ時刻に報道ステーションも世界の異常気象についてやっていたと思います。

何の話かというと「地球温暖化」の話です。こういう話は、ともすれば自分と関係ないと考えてしまいがちです。でも、よく考えると、かつて、異常気象とビックリしていたのが、いつのまにか、慣れてしまって異常気象が当たり前に考えてしまっていました。

日本だけみても、昨年は、首都圏の猛暑、台風の異常な上陸数など観測史上まれにみる異常でした。新年にはいってからも豪雪があったり、異常気象の被害の大きさも増していているようにおもいます。

昨日みた番組では、地球温暖化とは「大災害」以上に凄いものなんだということが、少しですが改めて実感でききました。

海外でも、すでに温暖化による異常気象がいたるところにでているということです。今日もアメリカのカリフオルニアでの豪雨のニュースを目にしました。

温暖化は、一つには海面の上昇があります。普通都市は、海沿いの平野にありますが、かなりの確率で水没していくところがでて来ることです。たとえば、人口密度の大きいバングラデッシュは国土の7割は水没する試算があるといいます。
そういった国土を失っていく人たちは難民のようになっていくのでしょうか?

異常気象は生態系に影響をすでに与えはじめています。
生態系に影響を及ぼすというのは、一言で「食料問題」が生じるということです。もちろん経済にも大きな影響があります。

地球の温暖化とはおもに「大気の成分でCO2の割合が多くなりすぎることです。」 一つには、自動車等の排ガスなど、文明が吐き出すCO2があり、もう一つには、CO2を酸素に変えてくれる植物が地球からどんどん失われていることです。森林伐採だけでなく、砂漠化もすすんでいるのです。大気の温度上昇により、砂漠化がさらに加速されます。

少なくても理解しておきたいのは、異常気象による自然災害が起こったとしたら、それは多分に地球の温暖化がもたらしたものであり、つまり人災なのだということです。そして、地球温暖化(=CO2の割合が増えること)は、このままではもっともっと進んでいくということだけは確かなことです。(自然災害は、地球にしてみれば、新しい平衡状態になるようにバランスをとっているだけという見方も出来ます。)

小さな考えで、つまり国家にしても、政治や経済的な面からしか考えずにいるということは恐ろしいことであると感じました。

地球温暖化についての重要性が認識されていないこともあり、地球レベルでも企業レベルでも取り組みが遅れています。

あんまり、悪態はつきたくないんですが、CO2排気割合N01の大国アメリカのブッシュ大統領は、2001年3月、地球温暖化についての京都議定書を指示しないことを表明しました。イラク問題もそうですが、まったくアホか!といいたいです。(また、辛くも当選してるし。)理由は次のようなことだそうです。

1.途上国が削減義務を負っていないことは不公平
2.米国の経済に悪影響がある
3.カリフォルニア州などがエネルギー危機
  にある状況で、エネルギー政策の障害になる。

日本でもそうだと思いますが、たとえば、環境問題を政治や経済問題以上に重要視しているとすれば、青臭い議員と思われるのかもしれません。もしかしたら国民に違和感をもたれるかもしれません。そんな環境問題より議論することが他にあるだろうと言われるかもしれません。 しかし、これは経済問題になることは確実であり、そして、場合によっては政治問題にさえなることを理解していないのです。つまり、たまたま災害が起こって被害がでてしまったんだという程度の認識なわけです。

ついでにいうと、日本も、すでに大きな経済問題を抱えています。日本独自の経済問題に、自然災害による人的、経済的な影響が重ならないことを願うのみです。


⇒地球温暖化の影響について

さて、実際の取り組みですが「必ずしも深刻になる必要はありません。」危機を訴えるやりかたは、沢山ある方法のほんの一つに過ぎません。楽しんでやれることが、「地球温暖化対策」につながるのなら、それは素晴らしい方法なんです。経済原理を導入してやることもできるでしょう。

別の番組で、車上あらしや、子供を狙った犯罪を防ぐ試みをしている街がありました。人感センサーを普及させるとか、いろいろありますが、犯罪者にとっては「人の目」が一番怖いということでした。

それで、時間を決めてパトロールすることに決めたのですが、パトロールする人が集まりませんでした。ところが、パトロールで定期的に歩くことで体脂肪が減った女性がでてきました。そこで、健康にもいいので一緒に歩くことをはじめてみませんか?と呼びかけたところ、女性を中心に申し出が集まりだし、8割を超える街の人たちがパトロールに参加するようになったということです。健康目的を、防犯にもつながるようにしたわけです。






  1. 2005/01/12(水) 02:26:27|
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◆思想の原点

高校で教えている教科に倫社という教科があります。

占星術というか占いの話ですが、占いで「私にとって12年に1度しかない大幸運の年」がありました。ちょうどその時、大学の受験がありました。

普通の人なら、凄いラッキーと思うかもしれません。ラッキーな年と受験が重なってラッキーと考えるのは当たり前です。

結果です。見事落ちました。大学受験は学力もありますが、ある意味「運」も関係するんです。1週間前にたまたま、自分がやった問題と同じような問題がでたりして、難しい応用問題ができたりするとボーダーライン近辺にいる人は受かることがあるんです。でも、この年は大幸運の年(?)でもあったのです。

占い的には大ハズレということなんでしょうが、その年「倫社」という教科に出会います。このことが、占いが示した大幸運(?)だったかもしれません。私は理系だったのですが、社会の選択で「世界史」と「政経」を勉強していました。勉強不足もあるのか、どうも政経ではテストで点を取れませんでした。そこで、倫理社会に変えてみたんです。

倫社では、何を勉強するか・・高校生にとってあまり人気のないこの科目は、とてもショックでした。何がショックかというと、面白いんです。昔の哲学者や宗教家達の思想(や考え方)がわんさかでてくるからです。宗教にしても仏教・キリスト教・儒教など、このとき学んだことが今の自分の核になっているとおもいます。

勉強を始めて春先に初めて受けた全国模試で80点をこえる点数をいきなり取れました。

テストですから用語等も覚えなければなりませんが、おもに資料集を複数用意して読みまくりました。予備校の授業でも、週2回あった同じ講義にでて熱心に聴いていました。

今日は、(当時使っていた)手元にある資料集から取り上げてみます。

万物は互いに依存しあって存在しており、相互に対立し、区別されるいっさいのものは全体から見れば同一のモノである。それゆえ、夢も現実もその差は相対的なもので、万物一体の見地から見れば差がないのだ。・・これは荘子(=荘周)という方が唱えた思想の一部です。

聞いたことがあるかもしれませんが、胡蝶の夢という話があります。紀元前の中国の荘子というかたが話したものです。


いつか私は夢の中で胡蝶になっていた。そのとき私は嬉々として胡蝶そのものであった。ただ楽しいばかりで、心ゆくまま飛びまわっていた。そして自分が荘周であることに気がつかなかった。

ところが、目が覚めてみると、まぎれもなく荘周そのものであった。いったい荘周が胡蝶の夢を見ていたのか、それとも胡蝶が荘周の夢をみているのか、私にはわからない。

けれども、荘周と胡蝶とでは、確かに区別があるはずである。それにもかかわらず、その区別がつかなかったのはなぜだろうか?他でもない、これが物の変化というものだからである。


・・荘子はとても博学で、王候は使いを出し、千金を携えて宰相に召しかけたいと伝えた。

荘子は次のように述べた。
「千金といえば実に大金です。・・しかし、私は、ここでのんびり暮らす方が快いのです。なんで国家の権力者に束縛されることがありましょう。」

なお「物質と精神を越えるものを道とし、道に従って生きることを説いた」のが老子や荘子の老荘思想です。ちょうど同じ時期、インドでは、「空」の思想を説いた釈迦(ブッタ)が登場することになります。紀元前5世紀の話です。
  1. 2005/01/11(火) 04:09:47|
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恋愛のパターン

恋愛について軽い話題を取り上げてみます。(恋愛のドラマパターンか?)

最近、自分の中では、何人かの女優が盛り上がっています。(←意味不明・・笑)

そのなかの一人が、松嶋奈々子さんです。「百年の物語」というDVDを買ってみたということや、今、私の地方で彼女のドラマ「やまとなでしこ」の再放送をやっていたり、ちょい前には「救命病棟24時スペシャル」なんかも見ました。(救命病棟24時はまた、第3部として1月11日からはじまります。)

まず、恋愛の取り上げ方として、現代では「恋愛と仕事」を絡ませたテーマがあります。

恋愛だけであれば、一般には、次の2つのパターンがあります。

パターンA・・いろいろ障害をのりこえて二人がむすばれてハッピーエンドのパターン

これは、昔からあるもので、スケールの大きなものなら、かつては、国の体制の違いから、愛し合っていても会うこともままならないなんて状況設定の映画などもありました。

でも、これって「見てる人には、ある期待があるんです。」・・つまり、正義のヒーローが最後には悪人をこらしめるように、見ている人には、最後にハッピーエンドになるのが見え見えなんです。だから、けっこう「じっれたいなぁ。」なんて感想を持つ人もいます。

パターンB・・二人(←片方が片思い状態)が結ばれないパターン

意外とこのパターンは少ない(?)ように思います。たとえば、好きな人にやっと振り向いてもらえて両思いになり、ハッピー・・のはずが、何かが違う・・実は、自分が本当に好きだったのは、憧れの彼女ではなくて、今まで自分のそばにいたけれど恋愛感情は持ってなかった別の人だったんだと気付くというものです。

現実の世界は、圧倒的にパターンBが多い(?)のではないでしょうか?・・といっても、100%のハッピーエンドではなく、妥協して、まあまあの人と結婚したというのが多いかもしれません。

松嶋奈々子「百年の物語」(第1章)は、このパターンBでした。「あそこで、主人公(松嶋)が、ああいう決断をするなんて、女ってわからん」という感想をみたことがあります。

「やまとなでしこ」は、パターンAです。愛よりお金が信条の桜子(松嶋奈々子)が、最後に貧乏人の欧介(堤真一)をえらんでしまうとは・・ということです。

ところが、これは面白い見方ができるんです。つまり、欧助ではなく、桜子(松嶋奈々子)の立場なら、パターンBであるともいえるわけです。
大病院の後取りと結婚し裕福な生活を送れるはずだったのが、最後には耕介のほうを選んでしまったわけですから。

なお、「やまとなでしこ」では、欧介役の堤真一に対し、思いを寄せる女性、若葉チャン(矢田亜希子)がいました。

パターンBのドラマなら、自分の憧れの女性(桜子=松嶋奈々子)ではなく、若葉チャン(矢田亜希子)を選んでハッピーエンドということになります。


・・ちょっとドラマを見ていない人にはチンプンカンプンの内容だったかもしれません。

⇒やまとなでしこ DVD-BOX
  1. 2005/01/08(土) 18:56:30|
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小さい波~占い

以前、未来予知の話をしましたが、占いについて書いてみます。ちなみに、私は占いとか血液型性格分析は、まあ好きなほうです。

まず、占いについて次のような考え方があることを知ってください。

よく大災害などで多数の人が亡くなることがあります。占いは、このような人たちに対しどのような説明をするんですか?亡くなった方には、占い的には幸運な方もいたはずです。だから占いなんて信じる人の気がしれません。

・・本当にそのとうりだとおもいます。他にも、たとえば、厄年とか、大殺界とかありますが、日本人の考える不幸というのは、ほんとうに不幸と呼べるしろものなのかということがあります。

世界中をみてみるなら、明日の食べ物を心配しなくてはならない人達が大勢います。彼らのことを見たとき、日本人の不幸ってどこが不幸なんですか?・・ということもいえると思うんです。

さて、私はおもうんですが、占いなどは、小さな波だと思うんです。小さな波ですから、無視してもさほど問題はありません。

しかし、その小さな波を、道具として上手く使うこともできます。問題があるとすれば、小さい波を「大きな波」と捉えてしまうことです。

たとえば、悪い占いの結果を気にしすぎたりすることです。本来は「小さな波」にすぎないんですが、自分で大きな波にしてしまっているんです。

大きな波にしたいのであれば、自分が望むことで大きな波にするといいのです。いい占いだけ信じるなんていうのもいいでしょう。実は占いの大きな役目は「自分の内面に目をむけること」にあります。そして、占いをキッカケに新たな心掛けで歩いていくことにあります。


さて、大きな波についてです。大きな波とは、個人の考え方(思考・感情・観念)そのものからやってきます。もちろん、大きな波が重要で影響力が大きいのは言うまでもありません。

ここで占いの弱点(?)について話してみます。占いでは「悪い運勢」のような見方があります。しかし、否定的な事が必ずしも悪いものだとは限らないのです。

こうしたものが「心の教え・物の見方」です。
最近TVで占い師の細木さんが人気があります。イライラしながら見る人や、毛嫌いする人もいるんでしょうが、私は、割りと楽しんでみています。個人的には、彼女は占いを越えた部分があるので飽きずに見ていられます。

たとえば、最近見たTv番組では、見返りを求めずにあたえること、報恩感謝の心について話していました。これは占いではありません(笑)。とても素晴らしいことを話す人だなあと思っています。

さて、小さな影響(波)は占いだけではないんです。たとえば、食べ物もそうなんです。つまり、食べ物によって、体が健康になったり、性格までも(ちょっとは)変わったりします。

病気とは「気の病」すなわち、本来は心に大きな原因があります。ただし、心のアンバランスが、生活のアンバランスや食生活のアンバランスにつながり、フィードバックされるということがあります。

つまり、通常は「生活のアンバランスや食生活のアンバランス」が病気を引き起こしたように感じます。現代は、心から引き起こされる病気の原因はストレスというあいまいな説明がなされます。

ストレスをためないように・・ということばがあるように、心は意識して変えていくことができるものです。

なんでもそうですが、小さい波を大きな波にしてしまったらちょっと大変です。たとえば、アルコールなんかも別に飲むのは、ストレス解消にもなり全然悪くはないんですが、酒に飲まれてアルコール中毒になってしまったとしたらバランスがおかしいのです。

アルコールでも、占いでも、お金稼ぎでも、なんでも、中毒(依存症)にならずに楽しめる心境でいることが理想です。充分楽しむこと、でも中毒にはならない(=執着しない)というのが理想です。・・まあなかには、どうしても執着しちゃって、難しいものもありますけどね。それが、人が学んでいることなんでしょう。

  1. 2005/01/04(火) 04:33:33|
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新年あけましてオメデトウ

みなさんも同じだとおもいますが、何かが新しく始まるとき、何かを新しく始めるときに感じる「清清しさ」は、とても気持ちいいものです。

もちろん、日本では4月に新学期や新入社というのもありますが、年がかわることもまた「何か感慨深いもの」があります。

さて、前回テレビドラマ「白い巨塔」の話をしました。昔のものとカナリ変更されていました。

そのなかで私が驚いたのは、財前五郎みずからがガンに侵されたあとの描写です。旧作では、死の病に侵されていくなかで、恐怖し、最後には「オレがまちがっていた」などと病床でなきくずれるというシーンがありました。

平成版では、全体の構成が「財前五郎」は彼なりの信念で生き抜いていくという姿勢が貫かれていました。(←だからこそ個人的には平成版を評価するわけです。)

このドラマはテーマとしても深いものがあります。たとえば「死」についてです。大きな災害などで死にいたる場合がありますが、災害に合わなくても人間はいつか必ず死ぬんです。

(注意・・信じない人もいるでしょうが、死んだらちゃんと自分がいますし、肉体のような体もあります。意識がすすめば形や形態にとらわれずに存在することもできます。信じる信じないという議論もありますが、生きている状態でしか獲得できないものもあることにも気づいてください。←死んだ後、バランスに直面させられて、自分が苦しくなったとき、まわりの霊?に聞いたり、自分の知恵で解決すればいいと思うのですが(笑)、そんなことができないのか、縁のある生きている人にすがってくる場合もあります。)

ドラマでは脚本家は、死を前にした財前に「里見、オレには不安はないよ。ただ、・・無念だ。」といわせました。(←個人的にカナリいい台詞だったとおもいます。また、なくなった息子(財前)に対し、母親が「五郎、よくがんばってきたね。ご苦労様でした。」というねぎらいの言葉をなげかけたのも印象深かったです。)

さて、現在、私達は明らかに大きな変化の時代の真っ最中にいることは疑いありません。変化というと目に見えるものに意識がいってしまいますが、心の変化・認識や考え方の変化が始まってきています。

そのキッカケをあたえるような事件や人物を、TVなどで目にすることも多くなってきています。たとえば、透視による犯罪捜査なんていう番組を見ましたが、凄いレベルの人が登場しています。

抵抗する人もいるでしょうが(笑)、これらは、ある強烈なメッセージを発信しています。「意識にとって、いいことも悪いことも隠されることは一つもない」ということです。悪いことはできませんね(笑)。

変化については、人によって「破壊的に、または、否定的に」体験する場合があります。

異常気象・悪質な事件・・等、変化の時代にはつきものでしょうが、予言などを含め、そういったものに怯えながら生きるのはとてももったいない事だといえます。

今日の最後に、今年の抱負というか、私自身に言い聞かせたい言葉をあげてみます。

成長する過程でやってくる挑戦は、必ずしも痛みや努力である必要はありません。そして・・

・・慌てる必要もありません。

・・変化に関わる時間は,
とても貴重で価値のあるものです。
  1. 2005/01/01(土) 15:09:13|
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→一人さんの「今日の言葉」
→日本一語録?

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