『与えてこそ手に入るもの』

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----------------------------アフィリエイトサイト管理人の「発想の転換」日記~「楽しい精神観念論」

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韓国ドラマ「オールイン」

いま、ハマッテみているのが、韓国ドラマの「オールイン」です。「冬のソナタ」「美しき日々」などはみたことはないんですが、それとはちょっと違うドラマのようです。

今BSの再放送(平日夜8時~10時)をみているんですが、来週水曜の最終話まであと6話(計6時間)です。

ストーリー等は、他の人の感想を引用させていただくとして、登場人物について話します。いわゆる登場人物が韓国人なので、しらない人たちも多く「凄い新鮮な感じ」がします。なんか、日本の俳優や著名人の誰それさんと似ているとか、近所のお兄さんや、お姉さん(笑)の誰かに似た感じの俳優がでています。DVDで吹き替えなしで見てみたい作品ですね。
⇒オールインDVD

主役の男優イ・ビョンホンがカッコイイ。このカッコよさは、現代日本でちょっと廃れた感もあるかっこよさです。
いわゆる「男は無口がカッコイイ」というやつです。
(外見だけの話ですが、昔はビョンホンに似た色男系が日本にも結構いたような気がします。笑)

ストーリーです。(Amazon.co.jpより)
「..賭博師に育てられた孤児イナと父に反感を覚えながらも裕福な家庭に育つチョンウォン。対照的な2人の少年が出会い、厚い友情を交わした18歳の夏。しかしある事件が2人の人生を大きく隔てる。
7年後、2人は偶然にも同じギャンブルの世界で頭角を現わしはじめる。2人の間の溝は埋まる間もなく、カジノを舞台に、勝負を、愛する人を、そして命を賭けた男たちの闘いが始まった…。守るべきもののために対立する男たちとその愛を描いたドラマ。」



こんな感想を書いている人もいました。
「文句なしに面白い。タイトル副題にある一組の男女の“運命的な愛”が主軸だが、それに留まらず、友情、葛藤、策略、裏切り、そしてアクションと、実話に基づく強みはあるとしてもストーリーは抜群。日本での「韓流」TVドラマの主流である恋愛ものとは一味も二味も違う。

ソウル、チェジュ島のみならず、ラスベガス、ロサンジェルス、グランドキャニオンとアメリカでのロケもふんだんで、TVドラマの粋を越え、映画といってもいい(日本のTVドラマの水準を遥かに越えている)。24話と長編だが、随所に山場があり飽きさせない。

主役をはじめとして準主役や脇役陣が素晴らしい。様々な苦難を経て、男としてまた人間として成長を遂げる主人公を演じるイ・ビョンホンは秀逸。彼の演技力に改めて感心させられる。ヒロイン役のソン・ヘギョもいいし、主人公のパートナー役のホ・ジュノ(「シルミド」、「ホテリアー」)の演技も光る。字幕版での鑑賞も是非。俳優達の生の声を聞きながら、彼らの演技力もドラマそのものもより堪能できる。「韓流」にとらわれずお勧め。 」

「「美しき日々」でビョンホンの魅力のとりこになり、「秋の童話」でソン・ヘギョが韓国女優では一番好きになりました。「運命の愛」という題がつくくらい、運命に翻弄されながらお互いを求め合う2人の姿はせつなすぎ。そして、ビョンホン、セクシーすぎます。ヘギョは「秋の童話」の方がかわいかったような(メイクがいまいち??)。プライベートでも2人は婚約までいった(残念ながら破局してしまいましたが)恋人同士だったそうで、それを知ってからよりドラマに感情移入しちゃいます。音楽もすごくいい!!壮大なストーリー、音楽、ビョンホンに酔いしれること絶対です。 」

(管理人)テーマソングがドラマの雰囲気とあっていてイイですね。(韓国語で歌っているんで意味はわかりませんが)


⇒オールインDVD
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  1. 2005/03/26(土) 11:53:12|
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商売の基本

斉藤一人さんの話を結構紹介していますが、商売(ビジネス)に関しての考え方は(いわゆる)お弟子さんといわれる人たちが書いた本に書き表わされています。(一人さんから学んだ話 という感じで)

商売については、私は「テニスの比喩」が好きです。

どういうことかといいますと、「利益」ばかりを追求するのは間違いであるということを説明する斉藤流の考え方です。

利益ばかりを見ているというのは、試合中に「スコアボード」ばかり眺めている人だということです。
テニスの試合で見なければいけないのは、打って来たボールであり相手の動きだということです。それにあわせてこちらもボールを打ち返すというわけです。

「ボールをよく見ること」「相手の動きを見ること」というのは具体的にどういうことなのか?

「斉藤一人 15歳からの成功哲学」 という一人さんの弟子で年齢もかなり若い人が書いた本には、「一人さんの語り下ろしCD 4倍成功できる方法」というのがついています。

商売において見なければいけないのは「お客さん」です。一般論の話と違って、商売の話、当たり前なんだけど、できていないとおもわれるお店も多いのでは?という話です。従業員教育も兼ねて店のスタッフ全員で聴くなんて使い方もできるCDです。

詳しくはいいませんが、ただ毎日の決まりきったことを一生懸命にこなすだけというのは商売とはいえないし、そんなのは全然楽しくない方法なんだ というような主旨の話です。

⇒斉藤一人15歳からの成功哲学 小俣治郎 

本文の内容は、(内容が)やや軽いですが、若い人からみた一人さんの描写が何か新鮮な感じです。

優秀な顧問をつけるとか、株式市場に上場して利益を上げるということについても、

「上場すれば、何十億、いや、何百億というお金が入ってくるよ。だけどオレは、自分がもっっているお金だけで勝負がしたいんだ。みんなからお金集めたり、借金してまで商売して大きくしようとは思わないんだ。いい悪いじゃなくて、オレの性にあわないんだ。頭を下げるのは、お客さんに対してだけなんだ。

顧問をやとったりすると、お弟子さんや特約店の方も頭をさげなきゃいけない。電話の受付とか荷造りとかから始めるならいいかもしれないけど、いきなり今日から「この人が偉いんです」っていわれてジローは納得できるかい?・・これが、オレの美的感覚。かっこいいけど、単なる意地っ張りさ、ハハハ・・」

もうひとつ引用を。

著書の人(=ジロー)が若い年齢でマルカンの特約店を統率する立場になったそうです。

「若造で経験もない私が特約店をひっぱっていくには理論武装しかない」とビジネス書を読み漁りはじめたそうです。

一人さん「やあ、ジロー。そんなことをして何かいいことでもあるのかい?」

「でも、私は若いから、少しぐらい勉強しておかないと、特約店の方に納得していただける話ができませんから・・」

すると一人さんは
「刀っていうのは人を斬っちゃうものだよね。だから鞘に収めておかなきゃならないんだ。何をいいたいのかっていうと、知識という刀で人を斬っちゃいけないよ、ってことさ。

知識も大切だけど、知識より大切なものがあるんだ。

昔、幕末に山内溶堂という殿様がいたの。その人は、まわりで倒幕しようとするひとたちが多いとき、徹底的に反対して徳川家を守った人なの。

でも、徳川が滅びるのは時代の要請だった。やがて彼も、徳川を討つことになるんだけど、これから戦いに出かける兵士に檄文を飛ばすんだ。檄文というのは、まあ、「みんあ、がんばろうよ」ってはっぱをかける文のことだ。

彼はこんな檄文を飛ばした。

「春なお寒し、自愛せよ」 

季節は春だけど、まだ寒いから、オマエら、自分の体をいたわれよ って意味だ。

そのとき、全員が「この人のためになら戦(いくさ)で命を失ってもいい」と思ったそうだ。そういう覚悟で戦ったんだ。

いいかい、ジロー。人間には理性と感情がある。もちろん理性も大切なんだけど、感情も大切なんだ。人間というのは、理性だけでは動けないだ。最終的に、愛のない言葉では人は動かない生き物なんだよ。」

  1. 2005/03/15(火) 14:43:12|
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アラ探しを止められた人から成功します。

久々に、斉藤一人ワールドに戻ってみます。

まず、今の若者で次のように考えている人はどれだけいるだろうか?と思うことから。たとえば、大人になってからの10年って長いような短いような年数だけど、10歳の子供は20歳の大人になってしまう年数なわけです。親や周りから学べない場合、次に述べるような考え方を、どこで身につけるというのでしょうか?

自分の心が貧しいのに豊かになりたいというのは無理なことです。

たとえ、現実にそうなったとしても、それは、豊かさを楽しむためではなく、豊かさを失うことで、豊かさとは何かを学ぶために起こったのです。

たとえば、それを頭金にして土地を買って莫大な借金ができるとか、強盗に入られて命まで落とすとか。豊かになったあとに、不幸や不運に見舞われることがあります。
だから、まず心を豊かにしなければダメなのです。

(管理人)日本だけではありませんが、心の豊かさ、心の豊かさといいますが、それにはどうしても「ある一つの原則」を同時に教える必要があります。上で述べたことなんですが、「因果応報の法則」です。 科学としても、この分野は「運がよかったとか、偶然だよ 」という程度の認識しか、まだできていません。

原則の理解の次にくるのが実践です。一人さんが教えてくれる簡単なことがあります。

他人に、何かいいことがあったら「良かったね」といってあげることです。

情報社会、分析社会、また、よく気がつく人、頭のいい人たち、いろいろいますが、「良かったね」と言うことは、分析したりするのとは別のものだということです。

他人の欠点によく気がつく人がいます。たとえば、優秀な部下で社長の批判ばかりしている人がいます。でも、実は次のように考えられる人はすくないのです。
社長の欠点は自分が知っている。それを批判するのではなく、なんとか、補うことで会社として業績を伸ばす方法はないか?

ここで、あることに気づくかもしれません。社長に協力するか、批判するかは、情報や分析そのものとは直接関係ない ということです。

例がわかりにくいので、もう一つ。(改変して)一人さんの話から。

たとえば、社長令嬢と結婚して、若くして事業を引き継ぎ、立派な家を建てた知り合いがいたとします。

「あいつは、社長令嬢と結婚できたから立派な家を建てられたんであって、あいつの実力でたてたわけじゃない。実力ならオレのほうが上だよ。」

この発言(分析)は、実際、妥当で正しいかもしれません。
しかし、「良かったね」と言ってあげられない理由にはなりませんし、実際、理由や分析とは何の関係もありません。本人の実力じゃないことが明らかだとしても、だからこそ「良かったね」なんです。

さらに、斉藤流の言葉です。

他人のアラ探しは、前世でさんざんやってきてるんだ。だから、今生では、他人のいい面を見てほめるというような「新しいことに挑戦しようよ。」

(そして、実は、これが原則に適った豊かになる方法 だということです。そしてまた、残念なことに、このような考え方すら学べずに来ている人たちも多いということです。)

今日の日記では、良いことがあったら「良かったね」ですが、実はその先もあるんです。

これは、ちょっと勘違いで受け取られることもあり、使い方には注意しなくてはなりません。

実は、悪いことが起こったときも「良かったね」なんです。
なぜかというと、そこから学び成長することができるからです。
でも、「失敗していい気味だ」と受け取られる場合がおおいですので、悪いことが起こったときは、黙っているほうがいいでしょう。

(大抵は、悪いことは、年月が経ってから、初めて学びの材料として捉えることができるものです。受験に落ちたとき、落ちたという事実そのものはそのときは「悪いこと」ですが、あとになって、そのことが役に立つ経験につながることも多いのです。)



もし、すべてが・・いい事も悪いことも含めてすべてが・・いいこと(肯定的なこと)につながっているとしたら・・その可能性は高いと(私は)みます。

つまり、言い換えると、

すべての出来事は肯定的な理由で起こっている あるいは、
物事は、肯定的な理由なしに起こることはない 

という原則です。

とするならば、どんな瞬間でさえ、それはとても貴重であり、同時に輝きに満ちている瞬間なのだ ともいえるのです。

動物や植物は、あたかもそのことをよく知っているかのようです。人間だけが「退屈だー!」と叫んだり(笑)、ブーブー文句をいうようなんです(笑)。



  1. 2005/03/15(火) 02:42:48|
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実力派 歌姫誕生!?

今日、たまたま「NHK のど自慢 グランドチャンピオン大会」がTVで生放送されているのを見ました。

普段もあまりみないのですが、なにやらグランドチャンピオン発表という場面だったのでしばらく見ていました。

どうせ演歌系の歌の上手い出場者が優勝するのかなと思っていたら、意外にも(?)若い女の方が優勝されました。

外見をいったら失礼になるかもしれませんが、美人とはいえないやや個性的な人でした。(注;化粧やメイキャップでガラリと印象がよくなるタイプのようにみえました。)

で、その優勝した女の方は、(多分歌うのには簡単とはいえない)鬼束ちひろの「月光」という曲を選曲していました。
鬼束ちひろは、その歌詞が強烈なことでも(←えぐるような..といったほうがいいかもしれません)有名なシンガーです。

たとえば、「流星群」という曲では次のような歌詞があります。

...こんなにも醜いあたしを こんなにも証明するだけ
...でも必要として
...あなたがさわれない あたしなら  ないのと同じだから

⇒試聴 「月光」「流星群」「眩暈」ほか


さて、のど自慢グランドチャンピオンの彼女のことに戻ります。
歌い方がかなり荒削りなところがあるものの、声といい声量といい,かなりの確率で「ブレイク」するのでは?という印象を強く感じました。(といっても、デビュー等も含め、すべてはこれからでしょうけど。)

どういう路線の音楽でやっていくかわかりませんが、番組を見ていた(演歌以外の)音楽関係者からオファーが相当あるのではないかと思います。

何ヶ月か先、ラジオなどで、「誰?この曲歌っている人?」という感じで俄然注目を集める可能性大です。ちょっと楽しみです。
その子が出てきたら(多分出てくると思うので)その時にまた紹介してみます。

追加 調べたら 玉川麻美さん(高知県中村市のチャンピオン)ということでした。
⇒高知新聞の記事(顔写真つき)

ナント!!(゜o゜)まだ高校1年生だったとは。
今後はボイストレーニングなども積んで、頑張ってほしいですね。
  1. 2005/03/12(土) 22:10:45|
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MISIA ライブ2日目終了

去年のドームツアーは、一言で「盛り上がり」、今年は「感動」。意見は分かれると思いますが、私は「感動」の今年のライブのうほうが好みではあります。

最初にネタバレ的なことを。他の会場では、アルバム⇒singer for singerで歌われない曲もあったようですが、昨日はすべての曲が歌われ、とてもラッキーだったと思います。

さて、今日は、ライブの雰囲気についてお話します。

私自身は、結構慣れているので、見かけとちがって(?)、まあ年齢の割りにノリがいいほうだと思います。

でも、ノリがイイ楽しいだけのライブには多分(お金をだしてまで)いかないでしょう。チケットくれるんなら別ですけど(笑)。

MISIAライブは、ほんとうにフトコロの広い(?)ファンの方が多いような気がします。というのは、バラードで聴かせる歌が持ち歌の歌手の観客というのは、観客の年齢層も高めで、「ノリが悪い」のが普通なんです。(←特に..北海道は) ところが彼女の場合は、ノリもいいお客さんが多いのではないかと思います。

ただし、カップルで来ている人たちで、男性側が付き添い(?)できているような場合、男性がノリについていけないとか、とまどっている..というのが見られます。

でも、個人的には、変にうるさいより(笑)、静かなファンのほうがいいですね。バラードでも一緒に声に出して歌う人もいるという話もあります。(彼女のライブでは)のらない客よりうるさい客のほうが×です。

(注;もともとは、やたらノリのいいクラブ系の会場からブレイクし、後に、バラード系シンガーの印象が強くなったため、この2系列..笑..のファンが入り混じりながら現在に至っています。バラード色が強くなったことで、古いファンのなかには離脱者もでている模様です。)



一青窈の場合だと、踊れる曲やロック調の曲もあるんですが、観客のノリという面では悪いこと悪いこと(笑)。まあ、じっくりと歌を聴きにくるようなファンが多いということでしょう。私も無理にはノリません(笑)。

さて、次のライブ参加の予定は未定です。

MISIAも愛知万博で「save the earth」というライブを行いますが、最近「自然や環境問題」を意識するシンガーが増えてきています。

2005年3月31日(木)
公演タイトル:MISIA & Erykah Badu feat.“Love The Earth"
共演アーティスト:Erykah Badu(エリカ・バドゥ)
場所:「愛・地球博」博覧会開催地内 EXPOドーム


関東圏に住んでいるなら4/22のアースデイのライブに一青窈がでるので参加してみたいライブです。東京スカパラ、そして、THE BOOM の宮沢和史さんも共演です。(当日FM放送もあり)
宮沢和史氏は、MISIAの「君だけがいない世界」(←彼の得意分野?のサンバ調の曲)や「風のない朝 星のない夜」という曲をつくってくれました。

個人的には、沖縄とか南国サンバ・・みたいなイメージを持っています。「島唄」「風になりたい」なんかが有名ですね。
⇒試聴 「島唄」 「風になりたい」 ほか

⇒コスモ アースコンシャス アクト
 アースデー・コンサート~ひとつしかない地球~



(以下抜粋)
本年度のアースデー・コンサートのサブタイトルは、『ひとつしかない地球』です。この曲は、今回の出演者の一人である宮沢和史さんが少年時代に世界の国々や人々の暮らしや文化に触れるきっかけとなった外国語教育活動に参加している子供達の為に、昨年の春に書き下ろした作品です。今回アースコンシャスのテーマソングとして取り上げられることになった為、ソロの作品としても発表することになりました。(4月20日に東芝EMIより発売が決定)。人種、文化、国境、宗教の壁を超えて、ひとつしかない地球を生きる人間として、争うことなく仲良く生きていこうという願いを託したものです。音楽を通して「アースコンシャス~地球を愛し、感じるこころ」を世界の若者にむけてメッセージするという本コンサートの趣旨と、深く合致するものでした。なお宮沢さんのパートでは、ヨーロッパ公演で共演したアーティスト達を迎えてのセッションも予定しています。

このライブの模様は 2005年4月22日アースデー当日に、19時から21時まで(予定)、TOKYO FMをはじめJFN38局で生中継されるほか、世界各国へも中継放送されるなど、文字通り豪華3組のアーティストによって「アースコンシャス~地球を愛し、感じるこころ」の想いと感動を、世界に向けて発信していきます。



  1. 2005/03/08(火) 09:06:40|
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misia ライブ 1日目

今日は misia ライブ1日目。 

昨日書いた別のブログ日記はコチラ
⇒3月3日のブログ

⇒ツアーブログ by MARK (←スタッフ?)


今日は、アリーナのプレミア席という座席でした。ほんとうにステージに激近でした。というよりプレミア席がステージセットの一部になっていました。

今回のツアーは(若者が好きな..楽しくノリノリ曲中心のライブではありませんでしたが、)本当に心に残る素晴らしいライブでした。そして、彼女の数々のバラードの熱唱をこんなに間近で聴ける機会はもうないかもしれないと思うほどの席でした。

まるで何かがのりうつったかのように・・という言葉がありますが、本当に「歌の女神」がのり移ったかのような物凄いエネルギーを肌で感じました。

演歌で言うと(笑)、石川さゆりの「天城越え」という熱唱系の歌がありますが、そういう熱唱系の歌を、僅か数メートルの目の前で表情を見ながら歌をきけるというのを想像してください。本当に貴重で贅沢な体験でした。
⇒石川さゆり「天城越え」



明日は、プレミア席ではありませんが、アリーナ席のかなりの前のほうのすごくいい席です。今日はステージに近い分、ステージセットがどんな感じなのか逆にわかりませんでした。明日は全体が見える位置で楽しめそうです。


気が早いですが、まあライブDVDは(多分)出してくれるでしょうから、それもまた楽しみです。

(追加)ライブのMC
MISIAはツアーのMCではあまりしゃべらないんですが、フアンクラブのライブでは結構MCも長いんですけどね。

昨日のライブMCで新しいコラボレーションアルバムの話しのとき、曲もそうだけど、どんな詩ができてくるのか楽しみにしていたということをいっていました。彼女の詩は自然に関する言葉が多いんですが、新アルバムでも、空・夜・星といったことばが歌詞に多く使われています。

昨日の日記のテーマでいうと、気分が落ち込んでいる時、人は伏目がちになるので、顔をあげて考えるようにしているということを言っていました。

部屋の中で顔をあげるのも変(?笑)なので、やはり自然のなかで空や星を見上げながら考え事をするといいようです。

因みに伏目がちになると、交感神経、副交感神経の関係で体に異変がおこるということもTVでみたことがあります。

本屋で立ち読みする人(←視線が下向き)は、他の売り場に比べトイレに入るお客さんの割合が増えるということです。

そういえば私も結構「覚え」があります。小だけでなく大のほうも(笑)。
  1. 2005/03/05(土) 00:37:02|
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心の状態

日記が空いてしまいました。いいことです(笑)。

一般大衆が信じていることのなかに「次のような前提」があります。

「心の状態とは関係なく自分の考えや行動が一定の結果をもたらす」

しかし、新しい(?)考え方では「心のあり方」こそが重要になります。つまり、たとえば、全く同じことをしたとしても「心のあり方で結果が違う」ということです。

この考え方を使ったテクニックをお話します。それほど難しいテクニックではないです。人間には「心の状態を整えるための道具が与えられているんです。」それは呼吸です。何か重要なことに取り組む前に、ちょっと「深呼吸してみてください。」

理論的には「これだけでもカナリ結果がかわることになります。」

さて、深呼吸も心を整える方法ですが、「波動の話」として一般化することができます。つまり、

低い波動の中での決断・アイデアは、それなりの効果しか産まない。

TVで細木数子さんをみていても、「この原則」をつかっているところがあるんです。そう「大殺界」というやつです。言葉のイメージで勘違いする場合もありますが、説明を聞くと(私は)納得できました。(というか原則そのものだからです。)

波動というのは波です。波というのは循環であり、それは自然界に見られるものです。春夏秋冬もそうです。大殺界とは、いわば冬の時期で、波動的に言うと(その人のなかでは)低い時期ということができます。

だからこそ、この時期に新しいことを始めた場合、うまくいくのが困難になるという思想です。ただ、別の見方もできます。明らかに波動が低いといえるのは、たとえば、心が落ち込んでいる時、心が動揺しているときです。そういう時期の決断はうまくいかないというより、うまくいかないようなことを考えてしまうということです。

極端な例で話しましょう。例えば借金のある人が「闇金融に走る」のを見て「なんてバカなんだろう」と思うかもしれません。

そうではないんです。「心が乱れて冷静さを失った状態で考えるから」そういう行動をとるんです。(←大抵は恐怖心です。取りたての恐怖や、会社や家族にバレルことに対する恐怖です。)そういった人たちも「冷静なときは分別のある判断ができるひとも多い」んです。

では、もっと究極の例でお話します。(これは私自身もそういう状況になったことがあります。) 身内がガンにかかり余命数ケ月という状況に置かれたらどうでしょう。普段は冷静でも、そういう状況になると「ワラをもつかむ気持ち」で胡散臭い「ガンに効く」というものを探し回るのではないでしょうか?

探し回るのは悪いとはいっていません。そういうときこそ「心の平静さ」が必要だということです。心の平静さをもって行動できれば「すくなくとも胡散臭くなさそうなもの」を選べるはずです。

さて、このテーマをビジネスでいうと、アイデアの問題です。たとえば、一人さん(の会社では)、会議の雰囲気というのをとても重要視しているそうです。すなわち、堅苦しい雰囲気で、搾り出したアイデアには困難がついてまわるというわけです。逆に、楽しい雰囲気でポンとでたアイデアは上手くいくといいます。

アイデアが、どんな雰囲気(=波動)から出るのかを重要視しているんです。


今日の最後に、たとえば、自分が大変なときに哲学的な考え・思想が何になるのか?という質問に対し神が答えたものを書いてみます。


「あなたが困ったとき、そのときこそ私を必要とするときだ。私を必要とするときに、私を捨ててはいけない。

私を捨ててはいけないというと、要求がましい神経症の人たちが考える神のようにきこえるかもしれない。しかし、そうではない。

あなたは、すきなだけ「私を捨てればいい」し、歴史がはじまって以来ずっとそうしてきた。その場合でも、私とあなたがたの間柄が変化することもない。

私がいいたいのは、つらいとき、本当に私の助けを必要なとき、あなた方は、真の自分というものを忘れがちになるということなのだ。私が与えた道具、自分の人生を創り出せる強力な道具を忘れがちになる。

試練のときこそ神に場にいくときだ。そこではまず大きな精神の平和がえられる。平和な精神からは良いアイデアがあふれだす。そのアイデアで、あなたが抱えている問題が解決するかもしれない。

神の場にいれば、今経験していることがかりそめにすぎないことがわかるだろう。いっておくが、天国も地上も過ぎ去るが、あなたは過ぎ去らない。

永遠という視点をもてれば現在の状況や環境が一時的なものだと考えられるようになる。だからといって、投げやりでいいという意味ではない。

現在の状況を、ただ単にその状況の中で溺れてしまうのではなく、あなた自身の成長の道具として使えるということだ。そして、そうなったとき、あなたは、状況を楽しむこともできるし、状況そのものを楽しめるものにかえることもできるだろう。
  1. 2005/03/04(金) 15:23:02|
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→一人さんの「今日の言葉」
→日本一語録?

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