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精神観念論の最初のお話

この日記を書き始めていますが、自分の考えをまとめたり、この日記自体を掲載するホームページを新しく作ろうかなとおもっているところです。もともと、哲学的な内容のホームページを作りたいとは思ってはいたんです。

その出だし(?)だけをちょっと書いてみます。「ニシヤンの楽しい精神観念論」の精神観念論とは、「心とか、精神」といった内側の世界の方が主である、大切であるという考え方です。また、内側(心など)と外側の相関関係を考えるということでもあるんです。

一応、書いてみますと

A内側の世界・・自分の心、実際の経験・・主観
B外側の世界・・自分の外の世界、・・客観


話は飛びますが(笑)、たとえば、お金儲けをしたい人が「お金儲けの方法」を知るために、実際既にお金儲けを実現した人のことを知ろうとします。

世界的には、ロックフェラーとか、カーネギーとかがいますが、日本であれば、たとえば、松下幸之助さんなんかがいます。そういった人たちの本を読んでみると、「あれ?ちょっと変だぞ?」と思う(?)ことになります。

というのは、そういった人たちが書いている内容は、期待に反して(?)「精神論」だからです。ここで、方法論ではなく精神論が大切だと、分かればいいのですが、お金の場合、そういうものがなくてもお金持ちになってしまうことがあるので、ちょっとやっかいなんです。

では、次です。客観性の代表選手といえば「物理学」です。
物理学が発見してきた理論、法則は、いわゆる「近代文明」を押し進める役割をしてきました。

そして、そのなかで、客観性を保つため「証明」と「実証」ということが重んじられたんです。

個人でも、何かについて「証明されなければ信じない」といった発言をする場合があります。

さっきの話で「お金持ちになる方法がある」と考えたのと同じように、物理学者たちは、当初「客観というのは主観と交わることがない。まったく別のものだ。」と考えてきました。

ところが、客観の代表選手である物理学者は、戸惑うことになります。この戸惑いというか、ショックというのは、大きくいうと2回ほどありました。

いや、現在2回目のショックの最中(笑)かもしれません。

何が、ショックなのか?

専門家ではないので、きちんと理解しているわけではないですが、現代物理は「極大と極微の世界」も対象にしています。

特に、原子とか、素粒子といった「極微」の世界では、物理学者を困惑させることが起こっています。

極微の世界を扱う「量子力学」には「波動方程式」という数式があります。

この式から、それを技術に応用し、最先端の様々な製品ができています。

ところが、その波動方程式とやらは、一般大衆の常識を打ち破るようなことを同時に示してもいるんです。・・この方程式の解釈をめぐって、物理学者達の意見も分かれています。

この方程式が間違いだといえればいいのですが、それが、正しいことはイロイロな実験結果からも明らかで、しかも、技術的に今のハイテク社会の基礎になっているんです。

もともと、科学者というのは西欧人が多いわけですが、その方程式から導かれる結果が「東洋の仏教の思想と酷似している」ことを指摘しています。

・・科学の最先端理論が東洋神秘思想へと接近しつつある。
私はこうした量子力学の発展に恐怖を抱いている。
(ジョン・テイラー・・量子力学の世界的権威・ロンドン大学教授・・BBCのインタビューにて)

20世紀量子力学の巨人N・ポーアがその自らの量子論と、中国思想の陰陽理論の類似性に驚き、後に道教の陰陽のシンボルマークを家紋にしたという有名な話もあります。

実際の技術では、たとえば、立体の物体像をつくるホログラフィーというのがあります。どの一部でも、その全体の情報を中に持っている・・過去・現在・未来の全ての情報が『今ここ』にあるという「悟りの話でもしてんの?」(笑)ともいえる考え方がはいっているんです。解説のページを探してみました。
⇒ホログラフィー

詳しいことは、また書くことにしますが、例えば、波動方程式は次元ということを、はっきり示しています。
空間的に「四次元」とか「5次元」とかが確実に存在することを示しています。

今日のテーマに関連して言うと「主観と客観の区別がもはやない。または、区別すること自体が無意味である」ことを表しているともいえるのです。

これが、ショックであるのは、物理学が「客観性」をよりどころにし証明や検証を重視してきたけれど、客観性なんてものが、よりどころにならないということを表しているからなんです。

いままで、客観的と考えていたものは、「単に、上手く説明できる、有用である」ほどの意味となります。波田陽区的にいうなら(笑)

・・「客観性、客観性が大切だ。科学的に根拠のないものは信じません」って言うじゃな~い。

でも、アンタが信じている科学も根拠がなくなってきてますから!!残念!!」


ってことなんです(笑)。

ちょっと怖いこと(?)を言うかもしれませんが、物理学の公式に主観、すなわち「心とか、意識といった変数」が入る時がくるかもしれません。

さて、客観という立場から、ちょっと語りましたが、私自身は「証明を必要とする客観」の価値は認めるものの、時間がかかるというのがマイナスだと思っています。証明されるのを待つとすれば、あと何百年待たなければならないかわからない(笑)からです。

ですから、ある程度の理屈があるならば、主観を採用したいんです。

主観とは「自分の心」「自分の体験」です。変に思うかもしれませんが、「自分の体験」については、一部で、既にこのような考え方が社会的に使われ始めているんです。

「食べ物が自分の体にあうとか、あわないとか」といった医学的な話です。

これって、今の医学知識では客観性を説明できないんです。でも、個人個人、体験として確かめることはできます。症状がでますから。

同じように「主観に関する理論」つまり、精神的な法則は、客観性うんぬんいう人がいますが、それぞれの人が「体験」をとうして一部は確かめることができるんです。

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  1. 2004/11/22(月) 17:07:28|
  2. 精神観念論その1|
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