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答えはあなたが知っている

発想を考える際に、いわゆる「発明家」といわれる人たちの考え方はとても役に立つことがあります。そして、その発想の仕方は発明だけに限ったものではなく、他のものにも応用することができます。

今日とりあげるのはコレです。
答えは他の人(たとえば専門家)が知っているという幻想

何か問題が生じたとき、どうしたら良いかを本や、誰か他人にアドバイスを求めたりすることがあるかもしれません。

あるいは、特に求めたわけではないけれど、他人が、もっともらしいアドバイスをしてくれることがあるかもしれません。

しかし、本当の答えを知っているのは自分自身である というのが基本になります。自分よりも他の人がより知っているというのは幻想です。

こういうと、他人のアドバイスなど聞かなくていいのか?とおもうかもしれませんが、そうではありません。

自分の考えに基づき行動すること自体は別に悪いことではありません。いいたいのは、アドバイスを聞くにしても、それを自分がどう感じるかが重要となるということです。あるいは、アドバイスのどの部分が良さそうと感じたか、ピンときたか・・という見方が重要となります。

ここで、アドバイスをする側が、悪意ではないけれど、一つのパターンをもっていることがあることを指摘しておきます。自分が苦労してきたから、相手にはその苦労してほしくない・・というパターンがあります。あるいは、自分が成功してきたパターンを基準に、ほかはダメと判断することもあります。

たとえば、結婚相手を判断するとき、進路について判断するときなど、問題が生じることもあります。

人生の目的が安定ならば、苦労がすくないだろうと思えるアドバイスは的を得ているといえるかもしれません。・・しかし、アドバイスを受ける側が同じ観念を持っているとはかぎりません。

問題が起こるとすれば、この例なら、アドバイスをするほうが、成功とか安定とかを基準にしているのに対し、受ける側は、成功するしないとか、苦労するしないではなく、「経験してみたい、やってみたい」という場合があります。(意識していなくても『知っている』人は、アドバイスを求めていながら、実はいろいろな意見を聞いて、自分の決心が揺らぐかどうかを試す人もいます。)

少なくとも、人生の目的は経験すること、あるいは経験から学ぶことだという見方ができれば、物事の判断は全く異なるものになります。

そして、歴史の偉人達や悟りに近い人たちからいわせてもらえば、人生はあきらかに経験するためにある、あるいは経験から学ぶためにあるということができます。(人生全体をみるには、数十年の自分の人生ではこころもとないので、やはり過去の人たちの人生とその考え方を、改めて全体として見ることが必要だと個人的には思っています。)

経験から学ぶという考え方ができるなら、経験と結果のバランスを(ある程度)とっていくこともできるでしょう。つまり、もっともダメージが少ない方法での学び方を探すということもできます。(何度がいっていますが、小さい経験で学ぶことができれば、わざわざ大きな失敗をして学ぶ必要もありません。)

親がするアドバイスに、経済的な心配からくるものがあります。
たとえば、歌手になるといった成功者が少ない分野です。この場合、反対する親自身が、イザと言う場合に経済的に援助できる状況にもかかわらず言うことが多いです。イザという場合に援助できないから反対している例は少なく、イザという場合に助けることができるのに反対する場合がみられるのです。

失敗した人に「だから、私の言ったとうりでしょう。」みたいな言葉を言う人がいますが、考え方や判断がすぐれているとか正しいということには全然なりません。ただ単に観念が違うだけなんです。そして、どちらかというと逆に、「貧しい観念」とさえいえるかもしれないのです。

「失敗したら、飯と寝床の心配はしなくていいから、好きなことを精一杯やってみろ。」・・このように「成功するかしないか、あるいは、成功しそうかどうか」ではなく、「経験することこそ糧になる」(=後悔をしない生き方)と考えられる人は少ない(?)といえます。

さて、発明の話に行きます。
「新しい発明を教えてください。」
「どう発明したらいいんですか?」

こんな発明家はいません。あたりまえですが、他人に教えてもらうのではなく、自分が発明するから「発明」なんです。ところが、その発明が生まれるキッカケは実は他の人が与えてくれることが結構あるのです。

家族や、他の人のちょっとした行動や発言がヒントになるんです。・・これこそ「ピンと来た!」です。ピンとキタ!となぜわかったんでしょう?(笑)・・・あえていうと、実は答えの種のようなものが自分のなかにあって、それとめぐり合ったときにピンときたのです。種のようなものが自分の中にあることを「知っている状態」とここでは呼んでいます。

同じことが、人生の問題にもいえるというのが今日の日記です。
さらに、発明家から学べることは「種のようなもの」(例;幸せの種)は、もともとあるともいえますが、自分の好みで、つまり品種改良(?)して改めて植えていくことができるということです。



以上のようなことから、すぐれたアドバイスとは、様々な考え方や知識を提示して、相手に選ばせるというものです。改めていいますが、答えを一番知っているのは、アドバイスをするほうではなく、アドバイスを求める側だからです。


ただし、アドバイスを受ける側が、何でも相手に頼りきっている状況のときは、時間がかかることがあります。「自分」がはっきりしている場合、実はアドバイスをするほうもやりやすいし、答えもすぐでるんですが、そうでない場合は、何をやりたいのか、どう変えていきたいのか等をはっきりさせる時間が必要だからです。

また、実際にいろいろやるなかで徐所にわかることも多いので時間がかかるのです。

(注 時間がかかることそのものも否定的だとは限りません。目的達成まで時間がかかるとすれば、それだけ充実した貴重な時間を長く経験できることも意味するからです。)

最後に・・経験から学ぶにせよ・・ある程度「結果」を意識したい場合のアドバイス(笑)です。

もともとの出所の観念を吟味することが必要です。

不安や恐怖心、焦り、嫉妬、・・こうしたものから選んだ選択は、選んだ本人にとっては、欲しくない結果になる という法則があります。

現実社会の生活によくある(?)単純な「打算」からの選択は、結果も中立(打算の結果の勝ち負けやそれにともなう喜びや失望はあり)といったところでしょう。
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  1. 2005/06/18(土) 16:13:48|
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