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ドラゴン桜に思うこと

現在、面白く見ているドラマにこんなのがあります。なんともいえない爽快感もあるドラマです。
⇒ドラゴン桜


このドラマは人気となったコミックをドラマ化したとのこと。
⇒コミック ドラゴン桜9 ⇒コミック ドラゴン桜8
⇒コミック ドラゴン桜7 ⇒コミック ドラゴン桜6

⇒コミック ドラゴン桜5 ⇒コミック ドラゴン桜4
⇒コミック ドラゴン桜3 ⇒コミック ドラゴン桜2
⇒コミック ドラゴン桜1

機会があったらコミックを読んでみたい気がしますが、簡単に言うと「幻想のなかでもがいている人に対する応援話」という感じがしました。

ポイントをあげてみます。

自分のことを「能力がない」と思っている人が、どうやったら難関といわれる東京大学に入れるか、そのための発想や勉強法を学ぶこと

爽快感があるのは、「自分には能力がない」とか「東京大学に入るのは難しい」といった幻想(固定観念の一つ)を打破していることが背景にあるからでしょうか?

いずれ(?)、いろいろ話したいと思いますが、私はいわゆる「能力がない」と思われていた子供でした。小さい頃(小学生低学年)学校の図書館から借りて何気なく読んだ本は、結構役立ってくれた気がします。

頭の良し悪しについては、「人間は頭の1%も使っていない」ということを前提にしてましたし、アインシュタインのような凄い人でも「勉強がはじめからできたわけではない」というようなこともそのころに多分知ったと思います。

まあ、単純にいうと、「人間、やればできる!」ということです。ただし、「周りの人と同じような考え方、同じような方法でおこなうとすれば、今自分がいる位置は変わらないだろう」という気持ちもありました。

能力がないという意味では「運動について」も同じでした。小学生の頃って、勉強ができるとか、スポーツができる子供というのは「人気があるもの」です。人気がある(=つまりモテル)生徒は、よく女の子の誕生会に招待されていました。

私は・・勉強は、ほどほど、スポーツにいたっては、マラソンでは、ビリッけつを争ってましたし、運動会のリレー選手としてクラスの代表にさえ選ばれない状況でした。当然、誕生会にお呼ばれされることもありませんでした。

その後(回りの人の言葉でいうと)「奇跡」がおきました。
といっても、(自分としては)自然にそうなったわけではありません。

結果が変わりはじめたのは、中学1年ごろです。勉強ではクラスや学年でトップ、足だってパットしない自分が、リレーでクラス代表に選ばれるようになったどころか、住んでる町でトップクラス、地域の大会の100mや、200m走でも、優勝争いをするほど早く走れるようになったんです。

もちろん、これには「続き」があります。高校(そこそこの進学校)に入ると、自分の成績は半分よりやや上と言った感じです。高校での成績は、高校2年生ぐらいから、その後、全校生徒(同学年)のなかで常にトップの成績のままの教科さえもありました。

実は、高校生になって「やっと体得したこと」もあります。それは、マラソンです。苦手な人ならわかると思いますが、スタートして、数100mも走れば(笑)、疲れて、もうやめたくなるんです。短距離では中学時代に成果をだしたわけですが、長距離は相変わらず苦手でした。

なにしろ、いわゆる「ビリッケツ集団」(笑)の常連だったからです。
実は、これについては、「自分のなかの何かのバランスが崩れている」という考え方を持っていました。それでまあ、バランスを直そうと「いろいろ試してみた」んです。

(ここでもまあ)「奇跡」が起きることになります。ただし、高校で、回りの人は、私が中・長距離が苦手だということを知っているはずはありません。学校で10キロのマラソン大会みたいのがあって、
なんと、クラスで1位の成績をとったんです。(学年では15位くらいだったと思います。) 野球部・サッカー部、・・等、並み入る運動部員の猛者ども(笑)がいる中での成績ですから、凄いもんです。

まあ、私もナンチャッテ運動部(笑)には入ってはいましたが・・ナンチャッテというのは硬式とか軟式とかあるスポーツです。

さらに「続き」があります。まあ、いろいろとあって、大学生になって、家庭教師や塾のアルバイトをするわけですが、最初はなかなかうまくいきませんでした。「教えたのにできない」というのはザラでした。「なんでこんな簡単な問題ができないんだ!!」と怒り出す人は今でも結構いそうです。いわゆる「熱心な先生」の中にもこのタイプは多いんです。

(で、いろいろ試行錯誤したり、考え方を変えたりした結果)、教える生徒で、クラスで1番とか、学年で1番をとるようなことが続出するようになったんです。

(注意:1番を取るようになったのは、教えた生徒自身が考え方を変え実行した結果です。例えば、いくら優れた家庭教師でも、週にわずか数時間教えることだけで成績が上がるとしたら、それは逆に変です。週数時間の時間が、それ以外の時間にいい影響があるようにしなくてはなりません。

能力開発や訓練という視点も絶対に必要です。・・この部分を「学校側」が少しでも工夫できれば生徒の成績は底上げされるのになと思います。たとえば、よく副教材(参考書や問題集)の○ページから○ページまでを試験範囲にするといった学校がありますが、一つの教材を年間カリキュラムの中で、何回も繰り返しテスト範囲に指定する学校はほとんどありません。なぜか、先生方はどんどん新しいものを採用していきます。・・因みに、テストの点数に差がつくようにという(変な)目的も学校側にはあるということを言っておきます。


また、学習の場合、少々「長期的視点からの時間の短縮の工夫」も必要になります。普通はまあ、塾などではカリキュラムがあって宿題なんかを増やす方法をとっているわけです。私の場合は暇にならない程度に・・笑・・宿題を出すぐらいでした。)

私の考えですが、成績が伸び悩む人は「変に自分のもっている能力にたよる」人たちです。(←特に進学校に多いとのこと) 能力がある(とおもっている)ものだから、問題集をやってもそこそこできるんです。

A 記憶力がいいほうなので、メモ帳はもち歩かない(=ウサギ型)
B 記憶力が良いといっても人間忘れることもある、だからメモ帳を持ち歩こう(=カメ型)

自分の能力を(今いる位置から)大きくあげるには「カメ型」の思考が必要となります。

因みに、大昔(笑)私が調査して感じたことは、東大生の合格体験記のなかに、能力に頼っていない極めて地味な(?)人たちが結構いるということでした。東大より下のレベルでは、能力だけで合格してしまったような(=だから他の人には役に立たない)合格体験記が結構あったのですが、東大の場合は「同じ問題集を3回繰り返した」なんていう地味なのが多かったんです。


さて、勉強にしろ、運動にしろ「結果」を出しだすと、回りは「もともと能力がある生徒」という見方をします。

ドラゴン桜では、(弁護士の)桜木先生が生徒をひっぱっていくという設定のようですが、私は、すべて自分で決めていました。・・生徒に数多く教えはしましたが、実は、私自身は小学生の頃から、塾にいったことも、家庭教師に教えてもらったことも1度もなかったんです。

さて、ドラゴン桜では桜木(先生)にこんなセリフを言わせます。

「社会にはルールがある。そのルールは全て頭のいいやつが自分の都合のいいように作っている。逆に、都合の悪い事はわからないようにうまく隠している。ルールに従うやつでも賢いやつらはうまく利用するが、頭を使わない奴らは一生騙されて高い金払わされ続けている!

賢いやつは騙されず、得して勝つ!
バカは騙されて、損して負け続ける!
負けたくなかったら勉強しろ!

個性を生かして他人と違う人生送れるなんて間違いだ!社会はそういうシステムになっている。そういう世の中が気に入らないのならルールを作る側の人間になれ!

騙されず生きていきたいのなら、勉強しろ。
そして、東大へ行け!!


(管理人)ドラゴン桜みたいなものが人気になるとは、世の中もカナリ変化していると思えます。このようなものが受け入れられるようになったということは、逆に「東大に合格すること」が、お金持ちになるためのプラチナチケットとして、必ずしも通用しない時代になってきたということも意味しています。(固い言葉で言うと、学歴社会、終身雇用制度の崩壊が言われています。)

今は情報社会であり、参考書一つとってみても、ありとあらゆるものがそろっています。今は逆に「たくさんありすぎて、どれを選んだらいいか、どのように取り組めばいいのか、」というのが課題です。

今の社会は、「どうすれば東大に入れるか」というより、「どうやって自分の目標に集中しつけるか」というほうが難しいと思えます。

コツを押さえることで、高い目標を達成することは可能です。ですが、現代社会は「気晴らし」というか、「いろいろ目移りしたくなるもの」が多いのです。ドラゴン桜の中の生徒たちにとって、他の生徒が高校生活をエンジョイしているなかで、自分の意識を勉学に集中し続けることのほうが実は難しいというのが私の意見です。

周りが勉強に励んでいるなかで「自分も勉強に励むこと」は結果はどうあれ、難しくありません。周りがそうでないときに「意欲を維持し続けることのほうが難しい」のです。

今の世の中は、お金持ちになる方法も多様化しています。また、「お金持ちになる」という価値観より、(経済的に困らない程度のお金さえあれば、)むしろ「自分らしく生きたい」という価値観に移行しつつあると思えるのです。そしてこのことは、若者が、大人社会を実によく観察しているとも言えることです。


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  1. 2005/07/30(土) 19:14:34|
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