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----------------------------アフィリエイトサイト管理人の「発想の転換」日記~「楽しい精神観念論」

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知恵を見た?

このブログは、私の「メモ帳」みたいなところもあります。だから、あとで自分のブログを読み返して忘れていたことを思い出したりすることもあります。で、今・・TVを見てまして、ちょっとメモしておきたいことがあって書いています。

それは、「金のA様×B様」という番組でとりあげられていた話です。(おすぎさん・ぴーこさんが出ているやつ。)

そのなかで、ニュージーランドで成功した日本人の話を取り上げています。取り上げたいのは、「スランプを切り抜けた考え方」です。

そのかたは、ニュージーランドで初めて温泉旅館を経営された女の方です。で、その温泉旅館なんですが、従業員がきちんと仕事をしてくれないことに悩んでいました。

1.従業員に厳しくしてもダメ
2.自ら先頭にたって働き、従業員にやさしくしてもダメ

でした。

実際、店のコックが食材を家に持ち帰ったり、宿泊マネージャーが自分の友人をタダで宿泊させたり、中には庭でマリファナを栽培して捕まる従業員がでる始末で・・どうしたらいいのかお手上げの状態でした。

そんなことを「マネージャー」に相談すると、思いもよらない言葉が返ってきました。
「あら、そんなの簡単よ。あなたは週5日遊んでください。


結果、従業員たちがきちんと働いてくれるようになりました。


★さて、これを読んで不思議な気持ちになるかもしれません。論理的に考える人は特に。

一応、分析を書いときます。

・社長に対して「いいイメージ」をもってもらえた。人生を楽しんでいるリーダ-、余裕のあるリーダー・・といった具合に。

・自ら先頭にたってやっていたとき、実は「私はこんなに頑張っているんだから」、あなたがたも頑張りなさいという「押し付けの気持ち」が反発を生んだ。

・週2回だけ社長が顔を出すことで、社長のいないときには「責任感」を、社長が来るときには「適度な緊張感」をといったいいメリハリがつくようになった。

(管理人)少なくても週5日遊ぶようにすることで、社長の「心境」が変わったことだけは確かです。従業員に全くの自由裁量を与えることで、そして信頼を与えることで、従業員自身が「仕事の楽しさ・やりがい」を知ったというのも確かでしょう。

因みに「信頼」「一体感」ということばを以前取り上げたことがあります。私の勝手な理論ですが、「すべてが一つ」という概念をちょっと具体化したのが、これらの言葉です。

さらに「信頼感」「一体感」を生み出すような「さらに具体的なこと」もいろいろ考えることができます。「お互い信頼しあえる関係をつくるのに、何かできるだろうか?何か楽しい工夫ができないだろうか?」です。

因みに「7つの習慣」を書いたコビーさんの著書の中に次のようなものがあります。

信頼は人間にとって究極の動機づけである。それは、その人の最善の姿を引き出すものである。

ただ、彼の場合次のように続けています。

・・しかし、それには忍耐と時間が必要だ。そして、人は、その信頼に答えられるレベルまで能力を引き上げる訓練が必要となることもある。

⇒「7つの習慣」・・難しく分厚い本なので読むのも大変であり、個人的には「一人さん」の本のほうをススメたいですが、まあ、こういう感じが好きな人には、それなりにオススメです。

(抜粋)インサイドアウトとは自分の内面を変えることから始めるということであり、自分自身の根本的な考え方、人格、動機などを変えることから始めるという意味である。

アウトサイドインのやりかたの結果として私が見てきたのは、被害者意識に悩み、自由を束縛された不幸な人々であり、自分がうまくいかない状況の責任を周りの人や環境のせいにする人々であった。(抜粋終)

他にも、物事に対する見方を変えることなどが書かれていますが、この本の素晴らしいところは、「バランス」の大切さについても記述されている点です。

イソップ物語の「黄金の卵の物語」を引き合いに出し、「効果性」(=たとえば企業収益)を達成するには「単に論理的な見方を持つ」だけではなく「バランスこそが鍵である」ことを強調しています。

リンクを作って気づいたんですが、今年(2005年)「第8の習慣」という本を出しているようです。⇒「第8の習慣」~「効果」から「偉大」へ
・・今日の世界における究極の課題は、「自分のボイス(内面の声)を発見すること、そして自分以外の人もボイスを発見できるよう奮起させる」こと。これが、コヴィー博士がいう「第8の習慣」です。

★個人的にちょっと読んで見たいとおもったのは、7つの習慣の考え方を小学校の教育授業に生かしたという話です。
⇒「7つの習慣 小学校実践記」
  1. 2005/10/20(木) 20:58:34|
  2. 小さな変化から|
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昔書いた日記リバイバル~『水の思想』

★まだ「ブログ」が一般的でない頃に日記として書いたものを再掲載&加筆、改変して掲載してみます。なかで「水の思想」としてあげているのは、最近話している古代中国の「老荘思想」に近いものです。

(再掲載)
人の数だけ「考え方」もあります。人といっても、今生きている人だけでなく昔の人も入れるとそれこそ膨大な数になります。

さて、その「考え方」ですが、血液型のように、いくつかのグループ分けができるのです。お釈迦様の考え方などもどれかにはいることになります。

で、私の勝手な見かたなんですが、「人生をよくする」考え方にもいろいろあって「どれがいいのか?」をゲームとして競い合っていると見ることができるんです。

たとえば、守護霊と対話してアドバイスをするといったことを選んでいる人もいるわけです。

そのなかで、私が「水の思想」と呼ぶ考え方のグループがあります。水の思想の特徴は「全く無理というのがない」というものです。他の思想には、無理がある分、実は「反動」というのがあるんですが、これにはそのようなものがありません。

反動というのは、たとえば、上の守護霊と対話してアドバイスすると言う場合、「守護霊と対話するという現象に対し、こういったことが素晴らしいとか、こういったことに依存してしまう」ということが反動になります。

「本物かどうか?」が主な関心になり、一度本物だと判断したら「内容に関係なく」なんでもかんでも「ありがたがる」というパターンにもつながりやすいといえます。

たとえ、守護霊の考えが、どんなに素晴らしいものであっても、ただ従っているいるだけならば、それは守護霊の人生になってしまい(笑)、自分の人生を生きていることにはなりません。
・・どうしても助けてほしいときは、微妙な感じで(笑=ラッキーとか、友達とかが、何気なくふと漏らす言葉という形で)援助やアドバイスを多分(笑)くれることでしょう。

最近TVでも見ることの多い江原啓介(⇒サイト)さんはこういってます。「私のもとに訪れる相談者は、私の本を少しも読みもせず、学びもせず、ただ答えだけを求めていらっしゃる人が大半です。それにはガッカリさせられます。・・」


では、続けます。
次の2つをみてください。

A 「人には困ったことが起きる。その困ったことを解決するにはどうしたらよいのか?」

B「人には困ったことなどおきない。本当に困ったとき人はそれを乗り越えていくものである。困っているんではなく、単に学んでいるだけなんだ。」

水の思想はBのほうに当てはまります。

また、子育てでも

「悪いところを直す」という考え方がありますが、「いいところを伸ばす」という考え方もあります。

「悪いところを直す」というのは、まず「いいところが沢山ほかにあるにもかかわらず、悪いところを中心に見てしまっている」ということ、また、「悪いところを修正しなければ良くならないと思い込んでいる」ということからきます。

もちろん場合によっては「悪いところを直すという考え方が一時的に必要なことがあるかもしれません。」たとえば、犯罪みたいな話のレベルです。

さて、TVで「松井秀樹の子育て」というのをみました。まあバライティなんですが、

松井選手が、子供のころ、テストの答案を、点数がいいものと悪いものに分け、親には点数のいいものだけを見せていました。それを見た松井秀樹の親はどういう行動をとったか?
というものでした。

悪いテストの点数を隠しているというマイナスに焦点をあてるのではなく、単純に松井秀樹少年がみせた点数のいい答案をみて「よくがんばったな。おまえは凄いぞ」ということだけ言ったといいます。

実は「悪い所があった場合、それをなくそうとするより、いい点に焦点をあてて、そちらを伸ばそうとするほうが、楽だし、効果がでることが大きい」のです。

悪い所はどうなるかですが、こっちが特に言わなくても、本人が自分で直すか、あるいは気にならない程度のものになっていきます。
悪い所といったって「悪い点がない人なんていない」わけですから。

これが「水の思想」をくむ考え方の一つです。水の思想はまったく「無理」がありません。変な向上心もありません。人格的に優れた人になろう。とか、悟りを開こう。とか言わないわけです。

「悟りをひらこう」と無理をして、変な悩みや葛藤を産み出すこともありません。たとえば、「教育が広く普及してない古い時代に語られた、しかも現代のような録音機器がない時代に伝聞された経典を唯一のよりどころとし、さらに、言葉(文字)という幾とおりにも解釈できるものに対し、厳密な解釈や正しさを追求しても議論がいつまでも続くだけです。・・心の平安を求めるはずが、その議論の最中、心おだやかではない状態にもなるのは確実です。・・「朝まで生TV状態(笑)」は偶にやるぐらいにしておこうです。あの番組だって2ヶ月に1回ペースなんだから(笑)。

で、最もインパクトが薄いようにみえて最も強力なのがこの思想です。水の思想の筋金入り(笑)の代表が「斉藤一人」さんなんです。
⇒斎藤一人さんの本

ただし、すべての人にすすめるわけでもないんです。たとえば、星座による性格分類でも「水・火・土・風」と4つの星座群に分けられます。水とか土とかいった「自然界にある象徴」で、性格を説明してるわけです。私の場合は「水の星座」だからか(?)「水の思想が一番しっくりくる」だけの話です。

結果が評価される世界、たとえば、スポーツなどでは「水」以外の思想が大いに役に立ちます。

さて、水の思想が「結果を求められる世界」をどう見るかですが、それは「楽しいゲーム」ということになります。人生はいろいろ問題らしきものがでてきて、悩みもつきないわけですが、これもまた、「苦しみ」ではなくて、「楽しいゲーム」ということになります。まあ、物事を肯定的に明るく捉えるということです。

あくせくしないという意味では、「水の思想」は、ナンカとろそう(笑)な感じですが半分だけ(笑)そのとうりです。

一人さんによると

「運がないっていうけど、本当は誰だって運がある。生きていりゃあ、毎日毎日、今日が明日になり、明日があさってになる。誰だって嫌でもなんでも運ばれているんだよ。今日から明日へ。

じゃあどうしたら運勢がよくなりますかっていったら「勢い」をつければいい。たとえば、会社にいったとき、人の倍はたらくんだというつもりで働く。人の倍と言うとオーバーな話になっちゃうけど、要は、自分が今やっているスピードよりちょっとだけ仕事を速くやればいいんだよ。

難しく考える必要はないよ。今まで上司に何か頼まれたとき「は~い」と返事していたとするなら「ハイ!」と返事するとかさ。自分のできることからはじめてごらんよ。

そうすると、仕事って面白いんだけど、ちょっと速めに仕事をすれば仕事が楽しくなるんだ。回りからは、てきぱきと楽しそうに仕事していると認められて出世したりするんだ。たとえ、会社がつぶれても取引業者さんとかから、「うちにこないかい?」なんて誘われたりするんだ。

で、スピードを上げると間違いが多くなるって思うかもしれないけど、ダラダラやってるほうが間違いが多くでるもんなんだ。

間違えずに速くやる。これはセットなんだ。それで、間違わずに速くするにはどうしたらいいんだろう、って考えると、脳が勝手に働いて、タッタ、タッタできるようになるんだよ。

ただし、スピードを上げるといっても、どんどん、くたびれるほどやっちゃダメだよ。「楽しい」っていってられるペースがいいんだよ。

(管理人)上のアドバイスのようなことをいっている一人さんですが、実際は、普通の会社社長と違い、かなり旅をしているそうです。つまり客観的にいうとナマケモノ(笑)ということになります。

お弟子さんが「学んだこと」を書いた本⇒「斎藤一人 魔法のお悩み解決法―たった30秒で、あなたの顔に笑顔がもどる」

著者「小俣 和美」さんの
⇒「お悩み解決室」

個人的には「面白さNO1」⇒柴村恵美子さんの本

⇒「ついてるえみちゃん とついてる仲間たちの会」



  1. 2005/10/20(木) 09:39:51|
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(今の)自民党は1枚も2枚も上。気づけマスコミ。

マスコミにダメだし(笑)しているこのブログですが、それは、マスコミに頑張ってほしい・・というのもありますが、シャクだから(笑)です。

シャクというのは、今の自民党はマスコミよりも何枚も上というか役者が違うように見えるからです。(注 マスコミ側も充分承知の上で、自民の戦略にのっかかっているかもしれません。)

「民主主義」とは「国民主権」が基になっていることは誰でも知っています。強制ではなく、国民が自ら選ぶ形で「自民党」を選んだとすれば、それは、現在「民主主義」政治が行われているということになります。

自民党が進んでいる(?)のは「世論の形成」についての認識が他より優れていると思えるところです。

生活のため、自民党を支持するという人を増やす環境作り」
マスコミの性質をうまく利用して、時間稼ぎ、論点ぼかし、などをしていき、既得権を守っていく。」

で、今日はマスコミの話。自民党自身も今回の圧勝は予想してなかったのかもしれませんが(民主党と違い世論調査を実施し過半数超えを確信してはいたようです)、小泉チルドレンの人選をみると「したたか」さも見えるのです。

どう考えても「話題性」で選んだところがあるからです。(自民は候補者を選ぶ時間がなかった・・といういいわけを表面上はしています。)

極端にいうと、議員が、ある程度変なことを言ったりして、結果、「自民党はなんでこんな議員を選んだんだ!」とマスコミが勝ち誇ったかのように報道したり、S村議員などのような個人の問題面白発言(笑)などを、「話題性」大好きマスコミがとりあげてくれることを、ある程度想定していたんではないかと思うのです。

で、結果「見事にマスコミは乗せられました!

「S村議員」に対しての「アイツに議員の資格ねえ。税金払うのバカバカしくなる。」という世間の反応も、皮肉をこめていうと「自民党の期待どうり」でした。

単純に怒りの矛先が彼に向けられました。解散がないとすれば、彼は議員4年間で約一億(歳費2400万×4年)の報酬を受け取ることになります。・・歳費とは別に、「文書交通通信滞在費」なる名目で、月額100万円、年間1200万円が支給されます。また、議員1人あたり月額65万円、年780万円の立法事務費が支給されています。

議員秘書は、3人まで公設秘書として国費で雇うことが認められています。年間、最高で約3000万円が支給されることになります。公設秘書のうちでも、第一・第二秘書は資格試験などがなく、議員の申請のみで雇うことが可能であり、勤務実態もノーチェックです。

公明党を除く全ての政党で、議員の親族が公設秘書に雇われており、全体では、公設秘書のおよそ10人に1人が議員の親族です。ほかにも交通・海外視察・住居等、特典盛りだくさんです。あっ(彼の場合は当てはまらないかも知れませんが)議員年金なるものもありました。


アンタッチャブルというお笑いコンビのネタですが(笑)、

(中年フリーター)「コンビニのバイト、時給700円で、一億稼ぐのに何年働かなければならないと思う?・・・何回バーコードを打たなきゃいけないと思う?・・・何回、引継ぎのとき自分の息子と同じぐらいの年のヤツと気まずい雰囲気にならなきゃならないと思う?(爆笑)」

(つっこみ)「引継ぎの時に気まずくなるのは、もらえる賃金とアンマ関係ねえやろ」(笑)。

さて、楽天に買収かけられている某放送局も「公共性」ということをいいたいのかもしれませんが、ある番組を見たところ選挙後「小泉チルドレン関連報道」を取り上げた時間NO1だったといいます。

「議員としてふさわしい人物が選ばれているのか?」という「小さな正義」を振りかざすのかもしれませんが、「話題性」で選んでいるのは明らかのように見えます。

・・自民党にとっては「そういう小さいことにマスコミが飛びついてくれることが実はありがたい」と思っているはずです。・・もちろん「ババ抜きゲーム」と同じで、少しはアレコレやりながら「大きな問題」は次々と次の人たちに先送りされていきます。小泉さんも「私の任期中は消費税をあげない」といっているぐらいで、逃げ切り体制もバッチリです。

さて、ニュースは「事実」を伝えるのが使命なんでしょうが、「事実に対し、常に疑問を投げかける」という伝え方もあります。

S村議員のことであれば、「このような議員で話題性をつくり、我々マスコミに飛びつかせることで、重要な政策から目をそらさせる作戦なんでしょうか?」ぐらい、言いましょう。

因みに「既得権もいろいろありますが」、マスコミや世間に早く忘れてほしいと思っているのは「議員年金」の話かもしれません。(議員たちは議員年金以上にいいだしませんが、本当は、議員の歳費等もガツンと減らす議論もあっていんです。英・仏・独は円換算で歳費年1000万円程度だそうです。)


どうしても「注目されるようなら」、現状の制度よりは条件を悪くして、少しずつ先延ばしにしていく作戦を取るかもしれません。・・でも「年金問題」自体が国民の関心も高い大きなテーマであるため、議員年金だけ忘れてくれ(笑)というのは虫のいい話のようです。

  1. 2005/10/19(水) 04:35:09|
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楽天の話

楽天がTBSを買収?・・なんていうニュースがでてますね。

「資本主義を斬る」なんてことを私は言っているんで、バリバリの反対意見をもっているのかというと、そうでもないんです。

まあ、ダメだし(笑)の矛先は「マスコミ」とか「政治家や政府」に向かうということになります。

★以前のライブドア報道、今回の楽天報道・・はっきりいって、マスコミが騒ぎすぎです。本来、経済ニュースでチラット流す程度の話です。・・「資本主義経済における単なる利益分捕り合戦」程度の話だからです。

「放送」という利権にからむマネーを誰が分捕るかというだけの話といってもいいでしょう。心配しているのは高給取りのTBS経営者やその社員たちだけです。(他に関係株主など)

いままで、ただ単に儲かるシステムの中で「ぬくぬくとやることができていた放送企業」に対し、同じシステムから生まれてきた「楽天」という「新たに利権を狙う企業がでてきただけ」という話です。

「何%株式を保有したらどうだとかという分析や解説もしてるようですが、ほとんどテニスの試合かなんかと同じノリです。」

TBS側だって、反論できる点が「楽天側のやり方」ぐらいしかなく、試合として戦うか、裏条件付で、そこそこの決着にもっていくようにするかというエンターテイメント(笑)になっています。

もし「放送はお金儲けのためにやるのではない」とかなんとかTBS側が発言してくるなら、チャンチャラおかしいといえます。

さて、イメージとは違って(?)、楽天はアメリカ的な「ドライな面」があります。楽天市場に参加している企業の評判もよくありません。売り上げが伸びるほど「それにあわせて仲介料を多くとるシステムをつくっていたりするから」です。楽天イーグルスの「田尾監督1年解任事件」もありました。系列の宿予約サイトで、サイト経由の宿泊予約仲介料の%の値上げ、つまり「ピンハネ料」の値上げで、ホテル業界から猛反発を受けているなんていうこともあります。また、TBSとは「社員の給料格差が相当あります。」

(マスコミは)騒ぐなら「もっと違った騒ぎ方」をしてほしいと思います。前いったように、「得意の分析力」を「異なる視点で」発揮してほしいのです。ドライな経営の楽天ですが、ちょっと無理っぽい拡大路線もあって「借入金が1500億円を超えており」、余裕のある状態で今回の株買い取りを仕掛けているわけではありません。借金して「M&A」もどきを仕掛けるというバブルチックな企業経営があるといえます。

・・ついでにいうと「そのような資金を簡単に調達できるほどの金余り現象が、どっか上のほうで?笑・・起きているわけです。」・・


昔なら「ニュース」というのは「目を引くような出来事」を放送していてもよかったんでしょうが、今という時代は、そろそろ変えたほうがいいんじゃないでしょうか。「目を引きはしないけれど、しっかり見ておかなくてはならない重要なニュースをしっかり伝えていく姿勢がもっともっとほしいのです。」

・・解決できていない問題、解決策のな出ていない問題については、小さなニュースでも、放送局が社会的な責任を自負するというならばもっともっと取り上げるべきなのです。

・・楽天問題で時間を使ったためか、たとえば、被害が拡大している「パキスタン地震」のニュースがほとんどありませんでした。
  1. 2005/10/18(火) 05:11:27|
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~つつがなく起きている。

「相対論」では「もともと一つのもの」が何らかの都合で「相対的に分かれているように見える」という見かたをします。「構成要素」は対等であり、もともと「善悪」などの対立があるわけではありません。

普通の人が価値がないと思っていることも『無用の用』ということで価値があると考えます。

で、「良いほう」についてはどうなのかというと「良いほう」も「相対的にいい」という考え方になります。

で、今日は「ここ日本だからある程度、話せる話」をします。たとえば、皆さんが尊敬している人とかいろいろあると思います。私の場合は、たとえば斉藤一人さんです。皆さんの中には、最近では細木数子さん、とか江原啓之さん、とか、過去の聖者では「お釈迦さま」とか「イエスキリスト」とか「マホメット」とか尊敬している人もいるかもしれません。(っているでしょう。笑)

で、「ある事」を私は思っていました。そのあることを「同じように考える人がいるんだなあ」と思ったのが一人さんです。

⇒「斎藤一人とみっちゃん先生が行く―ウサギはトラのように生きる必要はないんだよ。」

・・この本はお弟子さんの本の中では「かなりやさしい語り口」で一人さんとの会話のやりとりが書かれていますが、他の本とはちょっと違う「深いこと」が書かれています。

まあ、そんなのを含めつつ紹介していきたいと思います。

みっちゃんが「女子高生」のころの話。「自分は姉に比べて頭も良くないし自慢できることなんてないよ。」というみっちゃんに対し

「余計なおせっかいでごめんね。みっちゃんも周りの人たちも、頭が悪いとか、なにができないかにができない、っていうけれど、できなきゃできないでそんなもんどうだっていいんだよ。

たとえばの話だけどね、泳げなければ浮き袋があればいいし、変な話、海に入らなきゃいいんだよね。それでさ、何ていうのかな、泳げない人のほうが溺れる率って低いんだよ。大概ね、泳げる人のほうが溺れちゃうんだ。泳げない人は水に近づかないもん(笑)無理にボートに乗せられちゃったら、いの一番に救命胴衣とか探したりして。(笑)

だから、泳げないことはマイナスじゃなくてプラスなんだ。魚で泳げないっていうのはかなり問題あるけど(笑)、人間は魚じゃないんだから別に泳げなくっていいんだよ。

たとえば、オレみたく学校の勉強はダメなヤツもいるんだよ。でもオレちゃんと生きてるよ。もちろんオレはエリートコースからみると、遥か彼方にいるんだよ。そしてこれは正しい見解なんだけど、それがどうしたっていうんだい?ということなんだ。

自分はダメ人間だって考えることに自分の頭を使っても自分のためにならないんじゃないのかな。

だってさ、人のことをエライと思うためにアタマを使っていると重くてしょうがないもん。人間というのは他人をエライと思うためにそのアタマをのっけてるんじゃないよ、自分のためにアタマをのっけてるんだ。オレはそう思ってるんだ。だから、比較するなら他人と比較するより、昨日の自分と比較したほうが楽しいよ。」

(で、お次は、「ある話」です。)

「地球は太陽の周りを回っているけど、地球が止まっていると思っていても平気で生きていけるんだよね。だから、その発見ってそんなにたいしたことないの。人類がそのことを知らないときも、今と同じように生きていた。朝になればニワトリがコケコッコーって鳴くしさ、卵を産むしさ。必要なことは、つつがなく起きていたんだよ。

何をいいたいのかってね、おかしなことをいうようだけど、世の中ってそんなに大切な話ってないの。

たとえば、お釈迦様って偉大な人で、彼の教えで救われた人ってたくさんいるんだ。だけど、仏教徒の人には申し訳ないんだけど、お釈迦様が出てくる以前から、人間ってがんばっていきていたんだよね。

キリストでもアラーでも、何でもそうなんだ。ああいう偉大な人が出てきてくれたから沢山の人が助かっている。だけど、その人たちの教えを知ってようがいまいが、みんな、幸せになるために知恵を出して生きているんだ。だから、絶対これを信じゃなきゃというのはないんじゃないのかな、ってオレは思うんだ。」

(管理人)たとえば、キリスト教ですが、「イエスキリスト」をいくら崇拝しても、彼が出てくる前の人々は「不幸で救われない民衆」(=向こうの考え方では天国にいけない民衆)ということになってしまいます。

これを解決する口実は一つしかありません。「なんらかの理由でイエスキリストが出てくるまで人間は堕落した状態だったのだ」と、そして「何かによって、あるいは誰かが登場することによって」そういった人たちも救われるというシナリオです。

少なくとも彼は「何かを崇拝したがる人達、指導者として自分たちを救ってくれることを願う人達」の期待を裏切ったといえます。彼が「伝えたいこと」が「民衆から期待されたこと」とは違っていたからです。

「無数の中の一つの素晴らしい考え」ではなく、「唯一絶対に良い考え」として信じてしまう のは、余裕がない考え方であり、上で引用した「他人のことをエライと思うために自分のアタマをのっけている人」と同じだということがでいます。

もっともっと考え方を自由に学んでいくのがいいのではないかと思います。考え方や教えは時代や環境、本人の性格(?)で「同じ原則を違った表現をすることができるものであり、また重点の置き方が違っている場合もあるからです。」

同じ顔かたち、同じ考え方の人がいないように、違っているのが「当たり前」であり、つまり、他人の考え、他人の人生ではなく、「自分を生きるしかない」のです。

最後に・・詳しくは分かりませんが、調べてみたらお釈迦様は「自分を拠り所にすること」や、自分の教えを含め「法」というものは「いかだ」のようなものであることを話したそうです。

イカダは川を渡るときに必要であり役に立つが、向こう岸についたあとに、それを背負って歩いていくわけにはいかない。たとえ善い教えであっても捨て去るときには捨て去るべきなのだ・・という(ようなこと)を言ったそうです。

  1. 2005/10/16(日) 18:04:54|
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上乱れれば下これに従う・・ニートは現代型の反乱?

ちょっとまえ「私自身の考え方が古代中国の老子や荘子と近い」ということを述べました。(前世はそっち関係なのかなあ?・・笑)

で、「老子や荘子」も今の世の中ならフリーターとかニートになるのかなあ(笑)と思う今日この頃です。

★荘子・・「荘子については老子と同様に全くわからないといってよい。もっともそれは道家の人々に共通する事実である。彼らは無名を理想とし、世に知られないことを念願としていたのであるから、むしろ分からないのが当然であろう。」・・だそうです。

私の好きな人は「結構TVに出たくない人が多いような」(笑)・・斉藤一人さんとか。

★『荘子のエピソード』
・・楚の威王が、荘子の名声を聞いて、使を出して千金の贈り物を持参し、宰相に召し抱えたいと申し込んだ。荘子は笑いをたたえて次のように言った。

「千金といえば実に大金です。大臣宰相といえば高官です。・・・しかし、わたしはどぶの中でのんびり暮らすほうが快いのです。なんで国家の権力者に束縛されることがありましょう。

荘子の友人の恵施(けいし)は宰相になったが、荘子自身は田舎に引っ込み老子の思想を深めることになったといいます。

「ひぐらし や 小鳩 にどうして大鴨のことがわかろうか」という当時の聖賢英雄に対する言葉もあるそうです。・・ある本で「大きな知恵で小さな知恵を笑いたいというのが老荘思想である」といっている人がいました。

(老荘思想の例)★上善水若。

・・最上の善なるものは、たとえていうと水のようなものである。水はあらゆる万物に利益を与えて、これを生育せしめんとしておるが、水自身は少しも他と競合する考えはない。また常に低い土地へ落ちようとする。それゆえ「道」(タオ・・彼らのいう万物の根源のようなもの)に近い姿だといえる。

政(まつりごと)は治の道を善くするがよく、なす事は能力をよくつくすのがよく、活動する場合は時を得て活動するのが良い。水は穴があれば穴を満たしてしかる後に動くが、その姿は時を得た人の行動に似ている。要するに水の行動には無理というのがないのだ。


(管理人)老荘思想は「修行」「自己完成」「目標達成」といったものとは距離を置く思想です。そのような考え方は「無理」を産み出しやすく、たとえ世間で言う「成功」「目標」を達成したとしても、常に「反動」があることを知っているからです。「結果」は「最優先の目標」ではなく「プロセス」のほうに価値をおくので「あくせくする」ことがありません。 ・・注意:現代社会では「この考え方が認められない社会構造」があるので、実行するなら(笑)TPOを心得てということになります。

因みに、一人さんは、お弟子さんの本によると、事業を立ち上げたとき、いつまでに売り上げを○%アップするとかいうのを一切口にしたことがなかったといいます。『俺は目標を持つ必要がないの。だってオレ、ついてる人間だから(笑)。目標をもつことは悪いことじゃないんだよ。こんなことをいうと世間の人から怒られるかもしれないけど、

実はオレも「旅を楽しめるぐらいのお金を稼げるようになりたいけど、皆が顔を知っているようなお金持ちにはなりたくない」とかって考えていたんだ。ただ、世間の人はそれを目標といわないだけのことなんだ。


人類の歴史は、残念ながら反動だらけです。20世紀の科学万能の考え方のおかげで「便利な世の中になったともいえますが」、資本主義の怪物と結びつき、かつてないほどの地球規模の環境破壊問題・貧困問題・人権問題というモンスター(=つまり反動)を産み出しています。

さて、フリータとかニート問題ですが(笑)、いろいろ見方があると思いますが、何か流行のように突然出てきたかのようなとらえ方があります。しかし、全体としてみるならば、歪・・といういいかたは好きではありませんが、単なる社会構造の変化の副産物に過ぎません。

フリータやニートが生まれるような社会構造が作られてしまったというだけです。・・大企業が空前の利益といいますが、大企業がやったことを覚えているでしょうか?・・大量のリストラ(クビキリ)です。

もちろん、教育問題、企業内風土の問題(実力主義・年功序列制度の解体)、都市への過度の集中型社会なども原因になっています。

(フリーターやニート本人達は思ってないかもしれませんが)働かないでフラフラしているのは「政府に対する一種の抵抗運動」かもしれないのです。

★因みに、私も荘子などと同じように、「所得格差」とか「貧乏」自体に問題があるとは思っていません。「貧しいけれど楽しい生活」ができる程度までの話です。・・因みにアフリカ諸国の貧困は「貧乏」というより「貧困人権問題(つまり世界的規模のある種のイジメ)」だとおもっています。現代社会(日本)でも「貧乏として暮らすには暮らしにくい社会」(=高コスト社会)を作ってしまったようで、つまり「貧乏でも楽しく暮らせる社会」にはなっていないといえます。

いつも出す話をします。たとえば「消費者金融の金利の話」です。これも自由な経済活動でありますが、政府が法定金利をもっともっと低くしていいのです。・・法定金利を下げると、貸し倒れ等も考えるとやっていける会社が減って、悪徳金融に走る人が増えるという人(というか組織側の人)がいますが、それならそれで本人のためになるのでいいのです。・・(別な意味で違法行為を取り締まる対策は必要です。)

悪徳金融に走るから・・っていう人が「債務者の事を考えて発言していることはほとんどありません。」・・消費者金融経営者が長者番付の上位にのったり、銀行が迂回融資で(←最近は提携して直接関与してきた)超低金利で資金調達できることを背景に「莫大な利益をあげている」構造が、政治家はやろうとしませんが、いいわけないのです。


★最後に・・今日見た新聞から・・上がでたらめなことをしている結果が今の世の中であるというものです。

(抜粋)年配女性を狙ったひったくり、自殺するまで追い詰める闇金融、人の弱みに付け込むオレオレ詐欺、認知症老人まで食い物にするリフォーム詐欺、行きずりの暴力や殺人、エアガン連射、ひき逃げなどモラルなき犯罪がひきもきらない。

刃物をもっての銀行強盗やブルトーザーでのATM持ち去りなどがカワイクみえてくるほどのモラル不在である。

学校教育も崩壊だ。小学生の同級生殺し、イジメ、イジメが減れば教師への暴力、小中学生のゲーム感覚の万引き、中学生の援助交際も当たり前。・・ゆとり教育がどうだこうだというレベルではもうなくなっている。政治に始まる腐敗堕落がこうした悪しき風潮を助長している。

小泉改革で優勝劣敗の世の中が進み、勝ち組についたほうが得という風潮を政界が先取りしている形だ。国の現在・未来を変えるべき政治家が目先の利益でしか動かないのではどうしようもない。

IT産業で得たカネの力で大手企業を引っ掻き回している連中を、自民党は選挙に出し、アドバイザーにまでしている。政治がそうした連中を持ち上げるのでは若者はマジメに働くのがバカバカしくなる。

小泉支持の選挙民もこんな堕落政治を望んだわけではあるまい。

だそうです。
  1. 2005/10/16(日) 04:22:10|
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公務員給与一律削減

「公務員給与を一律2割~3割削減せよ」(政府もやっと少しは取り組むようです。)

・・恐らくコレに対しては「抵抗勢力」(笑)の相当な反対や反論があるとおもいます。

・・「財政問題」や「仕事内容の割りにもらいすぎといった批判」などがたとえ起こっていなくても、「原則にもどって」これを実行すべきである・・というのが私の考えです。

・・原則に戻ってとは、国家(自治体)とは何か?その中で公務員の役割は何か?ということです。

・・公務員給与は「企業規模100人以上、事業所規模50人以上」の企業から抜き取り調査して「民間企業の標準」としているそうです。

もちろん、民間企業の給与基準の算出の仕方の問題は別にあるでしょうが、それより問題だと思うのが「公務員の給与を民間の基準に合わせようとする発想」にあります。

公務員は「公僕」(=全体に奉仕する者)ということですが、ポイントは、利益とか利潤といった資本主義が求めるものとは一線を画した考え方を基本として持っていなければならないということです。

わかりやすくいうと、「能力があるのに、民間よりも低い給料で頑張っていて、さすがに公務員は違うね」と思われる程度がちょうど良いバランスだということです。・・今の現状は全く逆で(笑)「能力もないのに民間以上の給料もらって、待遇も良くて退職金もシコタマもらえて、それでいて無駄なことをして赤字を出していて、何のための公務員や!」です。

現実的に「今の基準(民間の基準)」×0.7~0.8程度でも実現可能(?)だと思います。

・・「民間基準より給与水準を低くすれば優秀な人材が集まらない」とか「給料が低いと、埋め合わせるために、さらに不正や無駄が増える、サービスも悪くなる」とかイロイロ理由がありますが、基本的には全て「お金の大小」の話、すなわち資本主義の考え方なのです。

実際には「給料が低くても、やりがいを感じて頑張る人もでてくるでしょう。」・・そういう人のほうが「自分が頑張って勉強して公務員になったんだから、権利として高給&高待遇があるのは当たり前。」と考える人よりもかえっていいのです。

よく考えればわかると思いますが、産業もないのに「公務員ばかり沢山いて、人件費がかさみ、赤字が累積していく」という構造があるとしたら、明らかにおかしいのです。「国民(県民・市民・・)なくして公務員なし」です。

・・公務員(試験)が就職で人気になる状態は「大きな視点」からいうと初めからバランスが崩れているといえます。

バランスが取れる状態とは次のようなものです。

公務員・・給料は民間より安いけれど・・安定性がある
民間サラリーマン・・(能力のある人の)給料はやや高いけれど、景気等に左右される面もあり、安定度は公務員より低い



もちろん、現実的に、この基本的な考え方のほかに「税金の使い道の監査」など、「見直していってほしいことがあるのはいうまでもありません。」

そういう意味では「公務員だけでなく国会議員も同じ」です。・・議員給与もそうですが、年金もそうです。民間基準よりも「やや少ない程度」がいいのです。

議員は(通常の年金に加えて)「議員年金」がありますが、与党は今しぶしぶ議論しています。(国民とは直接は関係ない)「議員年金」。どの程度の結果で決着をつけるのかよく見ておく必要がありそうです。(小泉首相が「なくしたほうがいいんじゃない」といってから、今日までかなり時間が経過しています。)


  1. 2005/10/14(金) 23:55:31|
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現代社会に根を下ろす化け物の正体

資本主義をバサバサ斬っていくということを述べましたが、今日は「資本主義」全体について述べてみたいと思います。

現在「資本主義」に起因する問題が世界のアチコチに見られますが、その簡単な構造を見ていきたいと思います。

皆さんが当たり前のように思っている(?)ことでさえ、ちょっと世界に目を向けてみれば非常に不思議な現実に気づくことがあります。

★たとえば、高校を卒業した後、コンビニかなんかでバイトとして一生懸命働き続けたとします。このような人が「その稼ぎで家を持つ」なんていうのは全くの夢物語ということができます。 ローンを組める正社員の場合でも35年もの長期のローンなんていうのがザラです。

・・これは中にいると当たり前だと思うかもしれませんが「(経済的に)貧しい国」での話ではありません。世界有数の経済大国「日本」での話です。

★最近知ったことでいうと、アフリカにナイジェリアという国があります。(バラエティに最近でている「ボビーオロゴン」の祖国です。国土面積日本の約2倍・人口1億4000万人) この国はアフリカでも有数の石油産出国です。石油自体は20世紀の半ばに発見されました。

ビックリしたのは、「アラブの石油王」とか、東南アジアでも⇒ブルネイ王国のイメージから、ナイジェリアの国民は、アフリカの中では例外的に、石油の富でさぞかし豊かな生活をしているのかと思っていたからです。

実際、ナイジェリアの国民の大半は、石油という最高の資源を持つ国にいながら、いまだに電気や水道さえない生活を強いられているということです。(1日1ドル以下の極貧生活者が9000万人もいるそうです。)さらに、石油は「ニジュール川」で発見されたため、魚を取って現金に変えるというほんのわずかな収入源も、石油発掘による河川の汚染が深刻化し、貧困問題を悪化させているといいます。

これは「アフリカの貧困問題」の一つの構造的問題でもあります。

では、日本で、ナイジェリアで、そして世界のいたるところで、いったい何が起こっているのか?です。

でここで、民主主義と資本主義というものを考えて見ます。民主主義については、いわゆる独裁政治など、「最悪を防ぐ制度」だといわれています。そうはいっても、民主主義と資本主義を考るなら、本来は、つねに「民主主義」が最優先されなければなりません。

で、現状はどうなのか?・・・

現状では「民主主義」が「資本主義」に振り回されているということができます。

もっとわかりやすく具体的にいうと、いわゆる「政官の癒着の構造」のことです。・・この言葉を聴いて、「日本だけの話」だと思うかもしれませんが、実は資本主義採用の先進国・発展途上の国・あらゆるところに見られることに気づきました。

「お金はあるところにはあるが、一般国民には回ってこない」という構造です。・・日本であれば、景気回復のために「いくら国債を発行しても目に見える景気刺激にならない」という状態も症状のひとつということができます。

アフリカの貧困国にしても、(他の理由もありますが)募金などの援助資金が一般国民の生活の豊かさにつながらないという歯がゆい現状があります。

上で述べたナイジェリアでも、採掘技術がないため(=先進国が援助ではなくビジネス思考でとりくんだ)、先進国のオイルカンパニーが採掘することになりました。

それでも、ナイジェリアという国に入るオイルマネーは毎年2兆円(国家財政の8割以上)にもなるといいます。・・そのお金はというと・・実は債務の返済(「石油産出」を担保に先進国が「多額のお金をナイジェリアに貸した」)や、「政府とその一部のみによる無駄使い」により、国民には回ってこないのです。

ナイジェリアの場合、「石油の富」を「政府と欧米諸国やオイルカンパニーがグルになって表面上は債務返済という形で利益をむさぼっている」といえるかもしれないのです。

ナイジェリアについて最近こんな記事を目にしました。(「こんなことやってるばあいじゃないやろ」という国内事情にもかかわらずです。)
⇒ナイジェリア:中国製戦闘機、12機購入へ(2005.9.29)
(内容)【ヨハネスブルク白戸圭一】ナイジェリア政府は28日、中国から戦闘機12機と練習機3機を約2億5000万ドル(約270億円)で購入することを決めた。ナイジェリアの中国からの戦闘機購入は初めてとみられる。 中国は近年、国内の石油需要増に対応しようとアフリカ最大の産油国ナイジェリアへの接近を試みており、両国の関係強化を象徴する「買い物」として注目を集めている。(後省略)

さらに、実際には、他のアフリカ諸国にもありますが、アフリカの内戦にカコツケテ、世界各国が「武器輸出」をしているという背景があります。

世界各国の武器関連産業にとっては、アフリカ内戦で血が流れるほど自分たちが儲かるのです。(内戦といっても、アフリカでは兵士同士の戦いというのとは違う面もあります。小さな子供を兵士として狩り出し、村全体を襲撃・家を焼き払い、皆殺しにしたり、文字にするのもはばかれるほどの「人権を無視した残虐な行為」も多いといいます。

また、アフリカで民主主義といっても、現政権の横暴に気づいているまともな反政府側が、内戦を隠れみのに「政府側につぶされている」といったこともあります。つぶされるとはアフリカ諸国では「暗殺」されるということです。また、教育問題、情報の入手の問題もあり、本当のカラクリを知らずに「それぞれの正義のために」戦っている兵士たちもいるでしょう。)

実は、私は(日本も含め)世界の国のトップはアホなのかとおもうことがありました。現状の世界を見たとき、どう考えても各国の軍備・軍事費をもっともっと大幅に減らすことができるからです。・・イラクがクウエートという主権国家に侵略したとき、世界中がそのことを知り国連軍(←アメリカ・イギリス中心ですが)を直ちに派遣したではないですか。・・(TVにでている一部の政治家や評論家には、国際貢献を叫ぶ一方で、意図はわかりませんが、日本にミサイルが打ち込まれたらどうするんだとか、必要以上に国民の恐怖心をあおる人たちはまだカナリいます。)

今の情報社会(&冷戦構造が崩れた社会)の中では「他の国を攻撃すること」に対し世界は黙っていることはないです。(内戦の場合は内政干渉になるので別)たとえどこかの国が侵攻に成功したとしても、国際的に勝利することはないといえるのです。

つまり、核を含めて軍備にあれこれやっている本当の理由は「軍需産業が困らないようにするためなのです。」・・つまりこれが「資本主義」です。軍事産業と政府の癒着によって社会を、環境を、地球を、そして、人間を・・ダメにするということです。
⇒アメリカ社会に根を下ろす血に飢えた化け物「軍産複合体」


資本主義のバケモノたちは、近年、資源国としてアフリカ諸国に注目してきているのは確かです。(たとえば最先端のハイテク機器はレアメタルといわれる貴金属がなければ製品はつくることができません。これらが豊富にあるのがアフリカです。)


『ホワイトバンド運動』もチャリティ(募金)でなく知ってもらうことが大切という趣旨ならば「債務放棄」だけでなく、貧困の構造を作り上げている側に対し、「アフリカ諸国への武器輸出の停止」「国連軍によるアフリカ国内の平和自衛軍への援助」、各国のODAの中身や使われ方など(私たちが気づいていないことを)もっと具体的に、まずは、アクセス数も多いHP上でビシビシ指摘してほしいところです。・・・・多くの一般市民に知られることで(阻止しようとする圧力もあるでしょうが)「世界のマスコミ」を味方につけることができます。




⇒(同時にあるいは先駆けて行う必要がある)アームズ・コントロール キャンペーン・・世界規模で「武器貿易条約締結」を訴える運動
・・平和を守る国際組織の国連常任理事国が「武器輸出国の上位」という現実があるそうです。(タブー話かもしれませんが)日本がガツンと「武器貿易国際条約」を主張し始めたら、(多分)世界の日本に対する目は、いい意味でも悪い意味でも変わることでしょう。(アメリカの圧力に屈しなければです。)

★結局「民主主義」といいながら、政府自身が「一部の企業と癒着し」国の富を食い尽くし、国民に回ってくるのはごくわずか・・という構造なのです。・・ついでにその過程で様々な問題を撒き散らします。最近問題のアズベストも(知っていながら)「経済優先」の考えがありマスコミも追求するのを怠ったからということができます。

・・さて、、この構造が意外と頑強な(?)理由は「国民」の側にもあります。「資本主義」とは「国民にとっては仕事であり、生活の糧だからです。」・・

民主主義は「国民主権」という素晴らしい考えではありますが、「背後で政府も政治家も資本主義によってかんじがらめにされています。」

資本主義自体は「世の中の推進力」にもなり、本来はそれ自体悪いわけではありません。しかし、もっと下のレベルで部分的につかうものです。・・民主主義のなかに「資本主義」に振り回されない仕組みを作ることが必要になるでしょう。

以前述べたように「政治・政策に価値観を打ち出すこと」を提案したいと思います。

今日は具体的に述べてみます。たとえば、「法人税をあげたほうがいい」という意見があります。この思考パターンはいつも「法人税を上げたらどうなるとか、あげなかったらどうだとか」という議論になります。

どうすればいいのか・・「法人税を上げる一方で、同時に上げなければいいのです。」

不思議なことをいうもんだな(笑)と思うかもしれません。・・

「何もしなければ法人税が上がるけれど、何かをすれば法人税がカナリ低くなる」という仕組みです。「何かをすれば」というところに「価値観」が入ってくることになります。

私ならごく「簡単なこと」を考えます。企業の側もやろうと思えば必ずできることです。それはキーワードでいうと「透明性」という考え方です。企業の透明性というと「会計」がおもいつくかもしれませんが、「平社員を除く、会社の社長・会長・重役・役職の個人の毎月の給与明細・ボーナスの額」を公開し、透明性を計ります。

勘違いしないでほしいんですが、これは「強制ではありません。公開するかどうかは各企業判断に任せます。ただし、公開なき企業の場合は少々重い法人税を負担してもらう。」ということです。

まあ、これは現在(やろうとする政治家がいないという意味で)実現性はないかもしれません。

・・今、自民党がチマチマとりかかってはいるようですが・・。







  1. 2005/10/14(金) 02:39:49|
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太陽が地球の周りをまわっている?&無用の用

・・ちょっと前にとりあげた「太陽のほうが地球の周りを回っているのだという小学生の話」

私たちは、ある意味、「そのような小学生をバカにすることはできない」ということを話しました。ポイントは「本当は地球のほうが太陽を回っているのに、あたかも太陽の方が地球を回っているかのように感じる(=錯覚する)」ということです。

で、ここで話している私のネタ(笑)の一つをバラしますと、それは「相対論」と呼ばれるものです。勝手に今名前を付けるとすれば「普遍性相対論」とでもよんでいいと思います。

以下、普遍性相対論(・・といっても難しくありません)・・の考え方を見ていきましょう。

まずは物理学におけるアインシュタインの相対論です。・・科学としての見方はいろいろありますが、ここで、これを取り上げる理由は「相対論」にあります。

ニュートンは「時間はそれ自体として存在し、外部の何ものにも影響されることなく一定に流れる」と主張し、空間についても同様の説明をしましたが(=絶対論)、アインシュタインは、「特殊相対性理論」で時間と空間の尺度は絶対的ではなく、相対的であることを証明しました。

一つの「物体の運動」でも、それを観測する人の運動状態よって「違ってみえる」という信じがたい理論です。それは、勘違いしている小学生と同じように、体験上はそうは思えないからです。」・・論理や数学で宇宙の構造成り立ちを説明していく「物理学」での話だったためショックは大きかったのです。

・・「同じ物事が見る人によって違って見える」というのを認めると、「どちらも正しい」と主張するのは間違いではなくなります。・・自分が正しいとしても、それ以外は間違っているとは必ずしもいえなくなります。そして、必ずしも「相手が言う正しさに合わせる必要もなくなる」といういいかたも言えます。

・・で、私がいう「普遍性相対性理論」(=物理の話だけでなく、全てが相対的なものにすぎないという考え方)ですが、これは「そう思えないように見えるため、ちょっと空想なんじゃない・・と考える人もでてくる」ことになります。

・・たとえば「妻や夫(=相手)が浮気をした」ということを考えて見ます。事実としてそう見えるかもしれません。しかし「相対論」の考え方でいうと「自分のほうに浮気の原因があるから、あるいは自分のほうに原因を作ったからこそ、まわり(=相手)が浮気をするという事実に直面することになる」というようになります。

・・太陽(=相手)が回っているように見えるからといって太陽に対しいくら文句を言ったところで、地球(=自分)が自転や公転をやめなければ(見かけ上は)「いつまでも太陽は地球の周りを回り続けることになる」ことにかわりはありません。

★相対論は役に立つのか?

たとえば、アインシュタインの相対論は「物理学者のお遊び」という言い方もできますが、一方でその理論を基に、様々な理論や応用が生まれ、とくに「現代社会の最先端技術」の基礎になっています。

別に、飛行機やロケット、携帯電話やコンピュータなんかなくてもいいんです。

あったほうがいい?」・・とするならば、それは、相対論(小さく言うと科学技術)は役に立つということです。

さて、アインシュタインの「相対論」も私の言う「相対論」も、実はあることを前提にしています。背後に「相対論を成立させるようなもの」があるということです。・・そういうものがあるからこそ「相対論」というのが成り立つといってもいいでしょう。

で、ここで、普遍性相対論の応用を簡単な言葉で表してみます。

自分が変わったとき、あたかも回りが変わったように「見える」です。

これを理解したら、あとは、どのような考え方を持てばいいのか?・・というのが重要になります。違った考え方を持ち行動すれば、周りが(今までとは違うように見える)変化が起こるということになります。


最後に、ここで述べていることは「実はそう新しいことではありません」・・普遍性相対論を別の視点でいうと(時間的な要素をいれると)お釈迦様がいった「因果応報の法則」・・になります。


また、私の考え方ですが、どうやら中国の偉大な思想家&謎が多い(笑)思想家である老子・荘子の考え方(=老荘思想といいます)に近いようで、彼らもまた「完全な相対的世界観」を提示しています。(いずれいろいろ紹介するつもりです。)

ついでにいうと「相対論」を支える(?)ものとして「すべてのものは一つであり、ただ違って見えているにすぎないのだ」というのも彼らの考え方の特徴になります。また相対論の考え方に基づくため「普通の人が価値がないと切り捨てるものにも、実は価値があるのだ」という考え方をとります。彼らはこのことの説明として「無用の用」(下に引用あり)ということを話します。

「がんばる人」からみると(=正確には頑張ることを良いと思って頑張る人)は「がんばらない人」をダメ人間のように「浅はかに」判断する(あるいは感じる)かもしれませんが、「頑張ることが素晴らしい」のと同様に「頑張らないことも別の意味で素晴らしい」のです。・・
因みに、面白い話があります。「アリとキリギリス」の話ででてくる働き者の「アリ」ですが、実は「働かないアリ」も結構いるそうです。・・そして働かないアリも「なんらかの役割があるのではないか?」というのが最近の研究で取り上げられており「企業などの組織論」としても考えられています。
⇒働かない「働きアリ」の役割



さて、老荘思想ですが、上にのべたような考え方をもとにした「あくせくするなかれ!」という「癒しの思想」でもあります。・・この部分から「隠遁者の思想」と呼ばれることがあります。・・現代社会で流行している「表面的な効率主義」(←大きく言うと資本主義)とは対立することにはなります。

ということで、「資本主義」を今後もバサバサ切っていく(笑)ことになります。・・


無用の用

大工の棟梁で石(せき)という人がいた。彼が斉の国を旅していたとき、神木となっているクヌギの大木を見た。それはとてつもない大きさで、枝だけで舟を作れるような太さがあり、そんな枝が数十本も生えているという巨木であった。

 見物人が集まってまるで市場のようなにぎわいである。
 しかし、石は振り向きもしないでスタスタと通り過ぎた。
 弟子はじっくりと眺めてから棟梁に追いつくと言った。

 「おいら、親方の弟子になってからこのかた、あんなに見事な木を見たことはありませんよ。親方はどうして見ないで行ってしまったんですか。」

 棟梁の石(せき)は答えた。

 「やめておけ、あれは役に立たん木だ。船を作れば沈んじまう、棺桶にすればすぐ腐る、器にすれば壊れやすい、扉にすればヤニが出る、柱にすればすぐに虫が食いやがる。役に立たん木だ。役に立たんからああして大木になるまで長生きしとるだ。」

石が帰宅すると、その夜 夢にクヌギの神木が現れてこう言った。

「お前はわしを何に比べているのかね。役に立つ木と比べているのだろう。梨やゆずなど実がつく木は、実が熟すと、もぎ取られ枝は折られてしまう。人の役に立つばっかりに苦しいめにあっとる。だから若死にもするのだ。

わしはずっと役に立たないものになろうと願ってきた。そのことが今、こうして大いに役に立っとる。もしわしが役に立つ木だったら、ここまで大きな木になることはできなかったろう。」


(↑)【荘子・人間世(じんかんせい)】

相対論による「物事の判断」については次のようなことを荘子は述べています。

流れる水はざわついているので、人の姿を映し出すことができないが、静止した水は澄みきっているので、あるがままに人の姿を映し出す。人も静止した水面のように澄みきった心境になれば、いついかなる事態に遭遇しようと慌てることなく正しい判断を下せるものである。

・・私は、これを読んで「古代日本の心」・・「清き明き心」を思い出しました。イメージで言うと「秋の夜、静かな湖面に満月が映っているような」感じです。









  1. 2005/10/11(火) 16:51:31|
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原辰徳流「活私」管理術―それは長嶋野球の否定から始まった

今日3本目の日記です。(笑)

野球人気が低迷するなか、巨人(今年5位)の次期監督が「原辰徳」さんになりました。

⇒「原辰徳流「活私」管理術―それは長嶋野球の否定から始まった」

どうして、原監督を取り上げたかと言うと、わかりやすくいうと「彼にはつきがある」からです。

つきがある・・というと「本人の資質とは関係ないように思うかもしれませんが、ついている考え方を日ごろから(笑)しているからこそ、ついているのだ」というふうにいいたいと思います。

彼は、高校時代からツキがあったようです。巨人でも4番で活躍し、監督になってすぐに日本一になったりしました。日本一になってわずか2年で監督を解任のような形になったのは「つきがないのでは?」と思う人がいますが、それこそ「ツキがない考え方です。」・・当時の状況を考えると、こんなに早くまた巨人の監督に復帰することになったことのほうが奇跡的だといえます。

わずか数年しかたっていませんが、引退した当時と野球界の状況は大きく変化しています。チーム力の補強はこれからでしょうが、弱いといわれている投手陣も(くじを引いたのは堀内監督ですが)「大阪桐蔭の辻内の交渉権を獲得してしまったこと」は、さっそく幸先のいい話です。堀内監督が辻内を引き当てたようにまわりの人がツキをもたらしてくれるように見えるのも、ツキのある人の特徴です。原監督のもと「思わぬ活躍をする選手」が出てくることでしょう。

私はまあ、あんまり巨人ファンとはいえませんが、来期・再来期の原巨人に注目してます。・・スポーツの世界ですので、昔で言う戦とおなじく勝ち負けが結果としてはっきりでる世界です。

原監督は若いし明るいし、気配りも上手だといいます。期待していきましょう。公式HPもあるようですね。⇒原辰徳「Hara Spirit」

(原辰徳・今年の日記から抜粋)これまで、オープン戦やオールスターでセ・リーグの選手とパ・リーグの選手の対戦はありましたが、待ったなしの真剣勝負となると、日本シリーズしかありませんでした。いったいどのような戦いになるのか、やってみなければ分からないし、その分楽しみでもあります。そこで私だったらどのような戦い方をするか考えてみました。

 まず考えるべきは、データの収集でしょう。しかし、戦ってもいない相手のデータというのは、信憑性に欠ける部分もあるし、あまりデータに固執すると、自分たちの野球が出来なくなる恐れもあります。相手の弱点や傾向を分析するのは大事ですが、その一方で相手に合わせることになり、自分の持ち味が消えてしまいます。

 これは私の考え方ですが、あくまでも自分のスタイルを貫き、戦うことが先決だと思います。真のデータというのは、そこから生まれてくるのです。「相手がこうだからこうする」と言ったように、まだ戦ってもいないうちから相手に合わせた戦略を立てるのではなく、最初に「自分はこうやって戦うぞ」という戦略を立て、ベストの力を発揮できるようにするのです。失敗したら次に考える。成功しても、油断せずに次に相手はどうするかを考える。これが本当のデータになっていくのだと思います。

 私は日本シリーズを戦った時、このような戦い方をしたつもりです。そういった意味で、交流戦は日本シリーズのような戦い方をすると思います。もちろん、データは大切です。細かい正確なデータがあればいいのですが、戦ってもいない相手の詳細で正確なデータを集めることには無理があります。はじめは誰が投げるのか、どういう選手がいるのかといった基本的な情報があればいいと思います。もちろん、クセなどの明確な情報があれば、それに越したことはありません。

 以上はあくまでも交流戦が初年度の今年限りの話です。来年以降は、正確なデータを揃えることがより重視された戦い方になるでしょう。次に、交流戦はジャイアンツにとって得なのか損なのかを考えます。パ・リーグのチームは、特に必死に戦ってくるでしょう。そういった意味では不利のような感じがしますが、前に述べたように、データが不十分ということは、力と力の対決になります。そうなれば、個々の能力の高いジャイアンツが有利ともいえます。いずれにせよ、交流戦は36試合です。同一リーグの相手に勝つ方が有利とも言えますが、1勝は1勝です。36試合をどう戦うかは、優勝の行方を大きく左右する試合数でもあります。楽しみに応援していきましょう!


  1. 2005/10/06(木) 19:16:03|
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